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 あらゆる産業・業種の企業が、DX(Digital Transformation)の実践によって、ビジネスや業務のあり方を一変させようとしている。こうした動きは、各企業のコアコンピタンスとその醸成に向けた人材戦略をどのように変えていくのだろうか。ものすごくおおざっぱな捉え方をすれば、これまで技術とは無縁でいられた産業・業種でも、新技術を創出・活用する力が競争力の源泉になることを前提として会社づくりをしていく必要が出てくるということではないか。

 これに似た動きは、教育の場でも顕在化している。早稲田大学の政治経済学部が2021年度入試から数学を必須化して話題を呼んだ。同学部長で教授の齋藤純一氏は、数学必須化の理由を「もともと経済学では数学の知識が必要でしたし、政治学では近年は統計学やゲーム理論など数学的な学問をよく使います」と説明している 参考記事 。DXの進展は、こうした動きをさらに加速させるのではないか。

 もちろん、理系的素養と文系的素養を兼ね備えた人材をすぐに育成できれば越したことはない。しかし、目前でDX加速を迫られている文系人材中心の企業は、速やかに経験豊富な技術系人材を獲得する必要性に迫られるだろう。電子産業で技術畑のシニア人材を活用する意義と採るべき方法について議論している今回のテクノ大喜利。今回の回答者は、企業の組織・人事のコンサルティングに携わっているHRファーブラの山本紳也氏である。同氏はDXの加速によって、意外な業界・職種に技術系シニアの人材ニーズが生まれていることを紹介。そのうえで、シニア人材の価値を再定義している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
山本 紳也(やまもと しんや)
HRファーブラ 代表(元PwCパートナー)
山本 紳也(やまもと しんや) 慶応義塾大学理工学部卒。イリノイ大学経営学修士(MBA)。メーカーにソフトウエア・エンジニアとして就職後、米国留学を経て、組織・人事関連のコンサルティング歴約30年。1999年3月から2014年6月まで、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)ジャパングループにおいてパートナーとして人事・チェンジマネジメント部門をリード。ビジネス戦略達成のための組織・人材マネジメント、考える組織の開発、グローバルxVUCA時代のリーダー開発、M&Aにおける組織人事サポート等に経験豊富。筑波大学大学院人文社会ビジネス科学学術院国際経営プロフェッショナル専攻 客員教授(2008~2014年)。組織人事コンサルタント&ファシリテーター/講師、上智大学国際教養学部 非常勤教授、早稲田大学国際教養学部 非常勤講師、スイスIMD(国際経営開発研究所) Learning Manager & Business Executive Coach。
【質問1】いま、電子産業出身のシニア人材の活躍に対する期待が、特に高まっている産業・業種はどこだと思われますか?
【回答】商社やコンサルティングファーム、広告代理店。大企業経験者は、同業中小企業やアジアを中心とした外資系企業、スタートアップも選択肢

 総合商社が、ただモノを右から左に流し口銭を取るビジネスや資本投資ビジネスだけでなく、自らビジネスのプラットフォーマーになり、ビジネスモデルや商品の企画に乗り出そうとしている。電通グループなど広告代理店も同様の動きに走る可能性もある。こうした文脈の中で、技術系のシニア人材の需要が生まれつつある。

 大手の消費財メーカー、食品メーカー、衣料品メーカー、リテールチェーンなど、今まで商品を作って卸していた会社やそれらを売っていた会社が、現在、大きな変化点を迎えている。DX時代に突入し、開発から販売まで、あるいは消費者のニーズ把握から開発までを、一貫してコントロールする必要に迫られているのだ。単にソフトウエアのプラットフォームを保有するだけではなく、新たなビジネスモデルの達成のために、新しい機械の開発や異業種との提携に踏み込む必要性が生じている。その中では、これまで社内に保有していなかった、ICT(情報通信技術)や人工知能(AI)の技術はもちろん、機械系の技術者などにもニーズが出てきている。

 また、コンサルティング会社である英PwC(プライスウォーターハウスクーパース)が、2年間で10万人のコンサルタントを採用する(グローバルで)と発表した。同社が求めている人材のボリュームゾーンは技術者である。DXの社会ニーズに合わせて、世界中のコンサルティング会社がエレクトロニクス業界のエンジニアをコンサルタントとして採用に動き出している 参考記事

 加えて、大企業経験者にとっては、同業中小企業というのも有力な選択肢だ。単に技術知識とスキルが生かせるだけではなく、幅広く培った技術の生かし方などの知見、付き合い方をも含めた他社ネットワークや複数社を巻き込んだ事業開発経験、売り方や認可の取り方のノウハウ、グローバルビジネスでの経験が生かせる。加えて、アジア系を中心とした成長中の外資系企業では、多様な失敗経験と成功体験、日本市場知識と日本市場特性に対する知見なども生かせ、スタートアップでは機械・電気・ITをつなぐ技能や経験も生かせる。

 商社、消費財などB2C(消費者向け)商品を開発するメーカー、それにコンサルティング会社の例は、明らかに、DXというメガトレンドに沿った人材ニーズである。長年、製品設計をしてきたエンジニアに務まるのかという疑問をよく聞くが、実はそれを超える技術と経験を持っていることに本人たちが気付いていないケースが多い。

 技術者のいない企業での技術者ニーズが確実に高まっている。必ずしもソフトウエアの専門家ではなくても、電子産業で培った商品開発のあり方やその背景、多くの成功と失敗からの学び、他者との折衝や政府との折衝経験などの経験を求めている。また、エレクトロニクスメーカーで長年技術者として働き、技術に対する自負はあるものの、プロダクトアウト思考の仕事に疑問を感じていた人にとっては追い風が吹いている。エンドユーザーに近いところに身を置き、技術知識をベースにしたデザイン思考で使う側に立った商品開発を進めたいという、企業側のニーズとマッチするケースも出てきている。

 一方、中小企業、外資系企業、ベンチャーに関しては、以前から根強いニーズはあった。ただし、ここでの人材ニーズも、技術そのものだけでなく、長年の経験を通じて培った知見が価値と評価されているケースが多い。この点も、本人たちが理解できていないケースが多い。自身は「長年技術者だったので、社会から隔離されてきたから……」と話す方が多いが、実は、社内折衝や社外折衝、技術業界や学会の集まりで得た知識やネットワーク、技術的にも電気と機械とソフトの間の相性や注意点など経験から得ている技能や知識がとても重宝される。ただし、現状では、企業側のニーズと求められるシニア人材がうまくつながっていない社会の実態がある。