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 半導体ビジネスでは、価値創出のよりどころとなる技術と市場環境が常に変化し続ける。このため、事業者には、フットワークの良さが求められ、イノベーションを起こす力と体制を持つ民間企業がその進展をリードしてきた。ところが近年、こうした状況が変わりつつあるように見える。ビジネスを有利に進めるためには、1つの工場を作るのに1兆円以上といった、民間企業が扱う額を超えているかのような巨額投資が必要になった。さらに、作ったチップが安全保障上の戦略物資とみなされるなど、単なる工業製品以上の存在価値を持ち始めている。民間企業が自由闊達に取り組むビジネスとは、違った色彩を帯びつつある。

 中国の半導体産業振興のメインエンジンと言えた清華紫光集団の破産・再編という出来事から中国の半導体産業の行方について議論している今回のテクノ大喜利。今回の回答者はMTElectroResearchの田口眞男氏である。同氏は、紫光集団の破産の先にある、中国での半導体ビジネスの国有化を示唆。世界の半導体メーカーが、民間企業同士でビジネスを競い合うのではなく、超大国の国有企業と競合する未来を想像する必要が生じてきていることを指摘している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
田口 眞男(たぐち まさお)
MTElectroResearch 代表
田口 眞男(たぐち まさお) 1976年に富士通研究所に入社とともに半導体デバイスの研究に従事。1988年から富士通で先端DRAMの開発・設計に従事。メモリーセル、高速入出力回路や電源回路などアナログ系の回路を手掛ける。2003年、富士通・AMDによる合弁会社FASL LLCのChief Scientistとなり米国開発チームを率いてReRAM(抵抗変化型メモリー)技術の開発に従事。2007年からSpansion Japan代表取締役社長、2009年には会社更生のため経営者管財人を拝受。エルピーダメモリ技術顧問を経て2011年10月より慶應義塾大学特任教授、2017年4月より同大学の先端科学技術研究センター研究員。技術開発とコンサルティングを請け負うMTElectroResearchを主宰。
【質問1】破産・再編によって、紫光集団の役割や存在感はどのように変化すると思われますか?
【回答】半導体を国の基幹産業にするため、なりふり構わず従来通り企業活動を続けるだろう

 不調になった企業を公的資金によって支えることがある。それはいろいろな考慮を重ねた結果の措置であったとしても、世間に理解されないと、ゾンビ企業を作ったと揶揄(やゆ)される。ましてや最終的に倒産するとなれば、税金の無駄遣いだったと批判され、そんな企業はさっさと消え去るべきだったとまで言われてしまう。

 こうした事態を恐れてか、これまで日本では、先端SoCの製造に関しては、政府が間接的支援を続けてはきたものの、前面に出て国家戦略として維持することはなかった。そもそも、自社内でチップを作ることを「自前主義」と批判する意見すら一部にはあり、開発費用が掛かり、工場投資も必要な半導体は、買った方が得というのが経営判断だったのだろう。確かに日本の電機メーカーは、半導体を自ら作らなくてもコア事業を遂行できたし、石油でもレアアースでも輸入で日本の産業界は成り立っている。

戦略的な中国

 だが中国はだいぶ事情が違うようだ。パックス・チャイナを実現するには、世界の情報を握ること、さらにその媒体としての半導体が重要になる。ここを米国に頼るようでは、獅子身中の虫になる。だから何が何でも自給自足体制を作りたい。半導体は量産効果が顕著に表れるため、たくさん作れる者が有利になる。かつ、世界のデファクトスタンダードとなれば仮想敵国にも使われるため、戦略物資化できる。それを具現化したのが「中国製造2025」という目標管理なのだろう。国家としての産業ビジョンが透けて見える気がするが、逆に日本では自然の力に任せて結局失われた何年という状態を続けてしまっているように見える。

 中国では、無謀な投資は日常茶飯事なようだ。しかし、経済が急成長している時期には、ひともうけしたいと考える人々が動くのは仕方ないこと。かつて、高度成長時代の日本でも同様だった。国の補助金が減っただけで行き詰まるようでは 参考記事1 経営に問題があるのだ。

 こうした中、予想外だったのが紫光集団の倒産である。報道 参考記事2 によれば、「裁判所が主導する形で再編に向けた手続きに入るとみられる」とあるので銀行がデフォルトを宣言したようだ。ただし、ここで大きな疑問がある。疑問とは、紫光集団は清華大学が51%出資した企業群であり、連結決算対象となるので、債務はまず大学が弁済するはずなのにそのような話が聞こえないことである。これによって、過半数の出資者である大学が連鎖倒産し、再建のために日本の会社更生法のような法律が適用されるのが筋である。

 紫光集団が倒産しても傘下の企業が操業できるのは、日本ではちょっと考えにくい複雑な資金提供方法のカラクリがあるようだ 参考記事3 。だがその鍵は、清華大学が中国国務院教育部直属、つまり国立大学であるという点にある。

 日本では、リーマン・ショックの時に資産運用に積極的だった大学が苦境に陥った経験を踏まえて、大学の資金の使途は制限的である。しかも、大学は非営利組織とみなしている 日本証券業協会の参考資料:PDF 。中国では、国立大学が企業を作り殖産振興するならば実質国営企業である。それが倒産というのは、かつての日本の国鉄のような状態だろうか。しかし民営化すればリストラによって国策的事業は難しくなるので、残るは逆に完全に国営化して損益は関係なく、軍事目的の匂いがする宇宙開発のようにすることである。こうなると電子産業界には激震が走ることになる。

 生産が軌道に乗り、将来的収益が見通せるから資金が調達できる、というのが本来の姿だが、恐らく生産がうまくいっていなかったのが倒産の根本原因ではないか。通信のHuawei Technologies(華為科技)および傘下のHiSilicon Technologies(海思半導体)、バッテリーのCATLにしても、中国では多くの企業が急成長しているから紫光集団に期待するのも無理はない。だが半導体の生産には「習熟」が必要な点が違う。