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 ルネサス エレクトロニクスは、世界市場での競争力を高めるため、積極的なM&Aを繰り返してきた。2017年には、米Intersil(インターシル)を約3200億円で、19年には米IDTを約7300億円で買収した。しかし、そのいずれもが世論からは「高値づかみなのでは」という評価を受けた。ルネサスは、買収の効果が業績向上に寄与していることを訴えているが、その真偽が明確に定まっている状態ではない。

 21年8月には、約6200億円で英Dialog Semiconductor(ダイアログ・セミコンダクター)を買収した。これは、「二度あることは三度ある」なのか、「三度目の正直なのか」。半導体業界を取り巻くビジネス環境の変化を念頭に置いて、現時点でのルネサスの取り組みと明日への進路について評価・議論している今回のテクノ大喜利。4番目の回答者は、服部コンサルティング インターナショナル代表の服部 毅氏である。同氏は、Dialogの買収は、それまでの2社の買収よりもルネサスの経営体制の改善に与えるインパクトが大きいとみている。そして、これから本当に、同社が取り組んできたM&A戦略の真価が問われることになるとしている。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
服部 毅(はっとり たけし)
服部コンサルティング インターナショナル 代表
服部 毅(はっとり たけし)
【質問1】これまでにルネサスが実施したM&Aによって、世界の競合に勝つ事業体制が確立できたと思われますか?
【回答】勝つための革新的な事業体制の確立はこれから

 「ルネサス、脱自動車依存へ1兆円」と題するルネサス社長の柴田英利氏(当時は取締役CFO(最高財務責任者))の独白インタビュー記事が、日経ビジネス18年10月8日号にスクープとして掲載されている。この中で同氏は、「車載だけで成功するのは難しい」「最先端の華やかな分野(自動運転などの車載分野)でがっぷり四つの勝負はしない」などと発言している。そこには、利益率が低く、手間ばかりかかる車載半導体から脱して、今後成長と高収益が期待できるIoTやインフラ事業に注力したいという本音が見える。日産自動車グループ出身の呉 文精社長(当時)との不協和音が以前から聞こえていたが、やっぱりそうかという印象を受けたのを覚えている。

 ルネサスは、17年にIntersil、19年にIDTを、それぞれ約3200億円、約7300億円で買収している(図1)。そして、今回は約6200億円でDialogを買収し、日本、米国、欧州にグローバルな足場を築いたと柴田社長は説明している(図1)。前出の記事の1兆円というのは、IntersilとIDTの買収合計額を指す。これにDialog分を加えれば1兆7000億円近くになり、相次ぐ「巨額買収」で財務リスクは膨らむばかりだ。

図1 ルネサスは海外企業3社買収で新たな製品・技術・人材とアプリケーションを入手
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図1 ルネサスは海外企業3社買収で新たな製品・技術・人材とアプリケーションを入手
(出典:ルネサスが公表した投資家向け資料)

買収した米国2社は経営不振だった

 著者は、2010年代に、ルネサスが買収した3社を何度か訪問したことがある。Intersilは、歴史ある半導体の名門であるが、赤字体質で業績は低迷。IDTも、売り上げが毎年下落傾向でルネサスに買収された18年には赤字転落し、売り上げシェアが数%にまで落ち込んだ日本法人は縮小を余儀なくされた。その当時に私がお世話になっていたメディア広報担当者もリストラされたばかりで、IDTになじみのない記者たちは記事を書くのに困っていたようだ。

 両社はキャッシュカウとして高収益を得られるほどの強力なコア製品はないものの、経営不振のたびに目ざとく成長分野を見い出し、弱小ベンチャーを買いまくって果敢に新分野に打って出るビジネススタイルが共通していた。2社の強みが何かはっきりせず、各社の違いが分かりにくいといわれるゆえんである1)

 残念ながらルネサスの売り上げは、これら2社の買収によるシナジー効果で増えるようなことはなかった。かつてルネサスがNECエレクトロニクスを経営統合した際と同様、買収直後に単純な算術加算で増加しただけで、その後は低迷するパターンの繰り返しだった。

 「本体の売り上げが下落一方なので、経営陣はそれをカモフラージュするために買収をして売上高が増加したように見せかけている」との上層部批判を多数のルネサス社員から聞いたことがある。まさにそのように見える状況だった。しかも、20年の売上高は前年比マイナスである(ちなみに世界半導体統計(WSTS)による業界平均は8.6%増、英Omdia(オムディア)調べでは同10.4% 増)。四半期売上高が再び2000億円を超えだしたのは21年に入ってからだが、この期間は、半導体業界全体が好況で業績を大きく伸ばして2ケタ成長しているので、ルネサスだけが買収によるシナジー効果で増収しているわけではないだろう(図2)。

図2 直近のルネサスの四半期ごとの売上高推移
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図2 直近のルネサスの四半期ごとの売上高推移
(出典:ルネサスが公表した投資家向け資料)

 ただし、注目すべきは、21年第2四半期の産業/インフラ・IoT向け売上高が、初めて1000億円を超えて、自動車向け事業の売上高を上回ったことだ(図2参照)。20年第2、第3四半期にも上回っているが、これは、コロナ禍で自動車産業が急激に不況になり自動車向け事業の売り上げが700億円台に急落したためである。産業/インフラ・IoT事業の第2四半期の前期比四半期売上成長率も営業利益率も車載部門よりはるかに大きい。Dialogの買収で、この分野はさらに伸びることが期待できそうだ。