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 日本の半導体業界は、1990年代後半以降、総合電機メーカーからの半導体部門の分社化や分社後の企業間での統合が進められた。その後、そうした企業のことごとくがビジネスでの競争力を失ったことから、手法自体が間違っていたかのように論じられることがある。本当にそうだったのか。海外の成功している半導体メーカーの事業形態や強みを分析して、あるべき姿を目指して進めた施策だったはずだ。惜しむらくは、施策が取られる時期が遅かったことではないか。

 300mm時代に突入したパワー半導体ビジネスでの日本企業の現状と行方、および重電事業での競争力維持も念頭に置いた日本企業の勝ち筋を議論している今回のテクノ大喜利。5番目の回答者は、MTElectronicsResearchの田口眞男氏である。同氏は、DRAMなど先端半導体のビジネスで日本企業が競争力を失っていった原因を分析。そうした過去と現在のパワー半導体が置かれた状況を見比べ、過去に後手に回って失敗した施策を、パワー半導体では早期に実践することの重要性を訴えている。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
田口 眞男(たぐち まさお)
MTElectroResearch 代表
田口 眞男(たぐち まさお) 1976年に富士通研究所に入社とともに半導体デバイスの研究に従事。1988年から富士通で先端DRAMの開発・設計に従事。メモリーセル、高速入出力回路や電源回路などアナログ系の回路を手掛ける。2003年、富士通・AMDによる合弁会社FASL LLCのChief Scientistとなり米国開発チームを率いてReRAM(抵抗変化型メモリー)技術の開発に従事。2007年からSpansion Japan代表取締役社長、2009年には会社更生のため経営者管財人を拝受。エルピーダメモリ技術顧問を経て2011年10月より慶應義塾大学特任教授、2017年4月より同大学の先端科学技術研究センター研究員。技術開発とコンサルティングを請け負うMTElectroResearchを主宰。
【質問1】世界中で脱炭素化が加速しています。半導体産業が、もっと注力すべきモノやコトは何だと思われますか?
【回答】経営環境の変化に対応できるよう、各社とも経営的な能力を高めること

 脱炭素化は地球を守るため人類に必要な義務と同時に様々なビジネスを生む機会でもある。ところが日本企業の経営は、リスク回避を優先する傾向がある。こうした例を、私は、メモリー事業などで嫌というほど見てきた。

 メモリーでは、そもそも国内にサプライヤーが何社もあった。このため、スケールメリットを発揮できない。しかしシェアを奪って大きくなり過ぎると、投資額が本社の許可が出ないほどの額になってしまうからそれも困る。そうして逡巡(しゅんじゅん)しているうちに、韓国メーカーのシェア拡大を許してしまった。

 パワーエレクトロニクス用の半導体企業についても似た構図が見える。思いつくだけで三菱電機、富士電機、東芝、ルネサス エレクトロニクス、ローム、サンケン電気、新電元工業、さらには自動車系のデンソーなど、この分野には多くの参入企業が存在し、それぞれ半導体工場を持つ。日本には、自動車メーカーも、産業機器メーカーも、電力会社もあるので、市場としては悪くない。しかし、もっと大きな市場が海外にあり、ビジネスの手法も世界を相手にするとなれば、やや異なったものになってくる。

 日本のDRAMに先端SoCを加えた先端半導体の製造は、世界のトップレベルにありながら最後は壊滅してしまった。その原因は複合的であり、大きく、(1)品質確保のためのコストが高かった、(2)コアビジネスではなくなった、(3)投資の負担が重過ぎた、(4)微細化への疑念が生じた、(5)営業能力の欠如――の5つの要因があったのではないかと考える。それぞれの詳細については回答者後記で詳説したい。パワー半導体で同様の凋落(ちょうらく)が起こらないようにするためには、過去から学ぶ必要がある。ぜひ一読、願いたい。

先端半導体製造を他山の石にすると

 重電企業は、パワー半導体を自社で製造するメリットを明確にしないと将来的に、「半導体を作るべきか、買うべきか」の議論に向かいかねない。ただし、まだ本社の屋台骨を揺るがすほどの大型工場を建設する必要はないので、先端半導体の凋落の原因の(3)のような、投資負担に耐えられなくなる懸念は小さい。東芝が300mm工場を建設1)、三菱電機が5年で1300億円の投資を表明している2)。ある程度高級な自動車では、200mmウエハー1枚分くらいの半導体が使われているらしい。このため、凋落の要因の(1)に関連した、信頼性を高レベルに保ちながらもコストダウンしていくための技術開発は、重要課題になる。

 パワー半導体では微細化が競争ファクターではない。このため、凋落の要因(4)の微細化の継続に疑心暗鬼になる懸念はない。その一方で、世界の隅々まで売りまくる必要があるため、(5)の営業力とスタンダードを押さえるマーケティング能力がないと、何らかの安全基準を活用して他社を排除する海外勢の作戦に敗北する恐れがある。

 EVの最大の弱点は充電時間が長いことであり、この点を解決するため、800V高電圧化(現状は約400V)に高める動きがある。こんな高電圧を安全に使うには半導体はどうあるべきか。耐圧を高くできるSiCをすぐ考えてしまうが、安いSiでできる方法を見いだせば、ビジネスは有利になる。全体を安全なボックス内に入れて安全基準をクリアする必要があるだろうが、そうなるともはや修理は不可能なので、取り外しの利便性をどのように作り込むかなど、攻めどころは多々ありそうだ。

 先端半導体の場合、エンドプロダクトが半導体の塊になりやすいので、顧客の多くは、その価格を問題視しやすい。一方、パワー半導体の場合、コストに厳しい自動車メーカーは例外として、リアクトルやトランスやコンデンサーという必要不可欠な部品のコストもかなり高い。さらには、実装にも金をかけざるを得ない。このため、半導体に対する価格要求は相対的に緩いはずである。こうして比較すると、パワー半導体は微細化パラノイアでなければならない先端半導体とは様相が異なるため、同じような悲劇は一次判断的には起こらないと思う。しかし、それでもコストと信頼性問題は最後までついて回るだろう。

■参照記事
1)根津禎、「ついに日本勢もパワー半導体で300mmライン、東芝が23年度稼働 」、日経クロステック、2021年3月11日
2)「三菱電機、パワー半導体生産に1300億円投資 5年間で」、日本経済新聞、2021年11月9日