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 東京オリンピック・パラリンピックでは、多くのボランティアが活躍した。会場の運営から選手・関係者の支援、開会式や閉会式などセレモニーまで、ボランティアの尽力なくしては、大会が成立することはなかっただろう。筆者のように、ただテレビの画面の前で競技を見るだけだった者からすれば、無償で人の役に立つことに喜びと誇りを感じる人の活躍に、驚き、恥じ入り、うらやましくも感じた。こうした人たちの好意を当てにして社会システムをつくるようなずうずうしいことは、もちろんできない。しかし、様々な社会課題に挑まなければならない近未来を見据えれば、こうした人たちの力に期待を抱かずにはいられない。

 2022年の電子業界、IT業界で注目したい潮流・技術・企業を、それぞれの分野・視座から産業界に関わっている有識者に挙げてもらうテクノ大喜利。今回の回答者は、電子産業などを対象にして、イノベーションの創出について研究している立命館アジア太平洋大学の中田行彦氏である。同氏は、無償でイノベーションの創出活動に参加する大衆の力が社会に及ぼすインパクトを、2022年の注目点として挙げている。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
中⽥ ⾏彦(なかた ゆきひこ)
⽴命館アジア太平洋⼤学 名誉教授
中⽥ ⾏彦(なかた ゆきひこ) 神戸大学大学院卒業後、シャープに入社。以降、33年間勤務。液晶の研究開発に約12年、太陽電池の研究開発に約18年、その間、3年間、米国のシャープアメリカ研究所など米国勤務。2004年から立命館アジア太平洋大学の教授として、技術経営を教育・研究。2009年10月から2010年3月まで、米国スタンフォード大学客員教授。2015年7月から2018年6月まで、日本MOT学会企画委員長。2017年から立命館アジア太平洋大学 名誉教授・客員教授。2020年から名古屋商科大学非常勤講師。京都在住。
【質問1】2022年、注目したいビジネスや技術開発の潮流を挙げてください。
【回答】「みんなでイノベーション」によって、社会改革に挑む潮流

 「8000個のマンホールの異常を1日でチェックした」。2021年11月19日のNHK 「ニュースウオッチ9」で、こうしたタイトルで放送された内容に衝撃を受けた。本当に、こんな短時間でマンホールの異常をチェックできるのか、とても信じられなかったからだ。

 石川県加賀市で、老朽化や劣化で危険な状態になっているマンホールはないか、約8000個の状態を、市民の力とICT(情報通信技術)を掛け合わせて把握しようとする試みだ。参加者はマンホールや周辺の舗装状況を撮影し、専用サイトに投稿する。画像は位置情報にひも付けして記録され、どこにどのようなマンホールがあるかを示すデータベースになる。それを行政に提供することにより、加賀市は、8000個のマンホールの状態を1日あまりで把握することができたのだという。

 システムを構築し、このイベントを主催したのは、NPO(非営利団体)のホール・アース・ファウンデーション(WEF)である。WEFの CEOである森山大器氏は、東京大学大学院で物理工学を学び、米ボストン コンサルティング グループ(BCG)などを経て、共同創業者としてWEFを立ち上げている。インフラは地球環境であり、守りたいというのが同NPOの基本方針である。そして、これを市民が社会課題の解決を目指す技術として「シビックテック」と呼んでいる。

 これはとても面白い着眼であり、得た成果も目を見張るものだ。ただし、もっと大きな社会改革に拡張できるはずだとも感じた。

 私が注目したい視点は、「みんなでイノベーション」を起こすことである(図1)。

図1 2022年の潮流 「みんなでイノベーション」
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図1 2022年の潮流 「みんなでイノベーション」
出典:著者が作成

 この視点で見ると、同じ動きをウェザーレポートにさかのぼることができる。ウェザーレポートとは、現在の空や季節の写真を投稿して、みんなで共有する日本最大のお天気コミュニティーである。2005年11月1日にスタートした。これまでに送られた空の写真は約5000万通にのぼり、主催するウェザーニュースの天気予報に役立てられている。

 また、みんなで100円均一の商品を開発する「みん100」という商品アイデア投稿サービスも同じ潮流である。イノベーションは、どのようにして起こせるのか。これが、技術経営を研究する私の最大の問題意識である。イノベーションは、通常は製造業の研究、開発などに携わる専門家が中心的に行う。ただし、イノベーションの創出母体は、それだけではない。米マサチューセッツ工科大学(MIT)のエリック・ヒッペル教授は、ユーザーが中心となる「ユーザーイノベーション」と呼ぶ概念を提案した。また、米カリフォルニア大学バークレー校のヘンリー・チェスブロウ教授は、社外から自社への知識の流入を利用して社内イノベーションを加速する「オープンイノベーション」を提唱した。

 しかし、情報技術が発達してプラットホームができると、これを使って群集(クラウド)とコミュニケーションできるようになった。資金を調達できる「クラウドファンディング」や人材を調達できる「クラウドソーシング」などを選択・活用・組み合わせ・拡張することで、不特定多数によるイノベーションを創出、加速できる。私は、このクラウドによる新しいイノベーションを「クラウドイノベーション」と名付けて提案してきた。例えば、テクノ大喜利の2020年1月29日の記事として「一個人のアイデアと意欲が世界を変える、2020年はクラウドイノベーション元年」を寄稿した。

 しかし、今回の潮流は、資金提供などを超えて、みんなが主体的にイノベーションの実践・創出に関わってきている。みんなの貢献が大きくなって、価値を生み出しているのだ。この参加型共創イノベーションを「みんなでイノベーション(Innovation By Everybody : IBE)」と名付け、2022年の社会改革のための潮流になると考えている。