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 新型コロナウイルス禍というまさに未曽有の事態に直面した企業の対応は、ハッキリと2極化しているように思える。1つは、新型コロナウイルス感染症が収束するまで、じっと耐えてコロナ禍以前のビジネスの再起動・再加速を目指す企業。そして、もう1つは、コロナ禍以降のビジネス環境が以前とは違ったものになることを前提として、新たな環境に適応するために変わろうとする企業である。

 日本の製造装置や工作機のメーカーは後者かもしれない。これらのメーカーの強みの1つは手厚い技術サポートだったが、コロナ禍の中ではサポート要員を派遣することもままならなかった。これが今ではIoT(Internet of Things)を活用したリモートサポート・サービスの仕組みとそれを活用するスキルを急激に高度化させている。結果、手厚かったはずの以前のサポートよりも、付加価値の高いサービスを提供できるようになったという。

 2022年の電子業界、IT業界で注目したい潮流・技術・企業を、それぞれの分野・視座から産業界に関わっている有識者に挙げてもらうテクノ大喜利。今回の回答者は、IT業界の重鎮でテクノ大喜利 ITの陣の回答者としても知られる、元・東京理科大学大学院教授で、ものこと双発推進代表理事としてイノベーション創出を後押しする活動をしている田中芳夫氏である。同氏は、2022年にはコロナ禍が収束に向かうとみて、その後の企業は競争力の高いビジネスを営むために何をしたらよいのか示唆している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
田中 芳夫(たなか よしお)
元・東京理科大学大学院教授、ものこと双発推進代表理事
田中 芳夫(たなか よしお) 1949年生まれ。大学卒業後に大手重工業メーカーに入社しシステム開発などを担う。1980年に外資系コンピューターメーカーに転職しシステム・製品開発に従事。日本のPCの標準化にも尽力。2005年に外資系ソフトウエア企業に初代CTOとして入社。2007年より国立研究開発法人に参画するとともに、東京理科大学大学院にてソフトウエア開発、技術戦略などを講義。現在、ものこと双発推進代表理事、国際大学グロコム上席客員研究員。
【質問1】2022年、注目したいビジネスや技術開発の潮流を挙げてください。
【回答】新ビジネスモデルへの転換

 コロナ禍がそれなりに収まってきているが、もう昔には戻れない。新しい環境に合わせたビジネスモデルを創らないと、世界の中で生きていけないということを自覚せざるを得ない環境になる。新しいビジネスの仕組みを創るか、または適応した組織を立ち上げるか、あらゆる業界や業種の企業の「次の一手」に注目が集まる。

 日本の戦後のゼロからの出発で出来上がった日本型の産業構造やビジネスモデルはもう賞味期限切れである。気が付けば、大企業といわれる世界の時価総額の上位50社の中に、日本企業はわずか1社しかない。平均賃金もここ20年はほとんど増えなくなり、得意だったものづくりでも必ずしも昔のように世界の工場といえるような勢いはない。代わりに、新興勢力でものを作らない会社が大きく育っている。

 コロナ禍の下での経験から、日本だけでものづくりを完成させることは難しい。私たちは、2009年に経済同友会が提言した「 “もの”づくりから“もの”“こと”づくり」という指針を示した後、協議会を立ち上げて、活動を行っている。“こと”を提供することの重要性を訴える提言・実行を目指してきたが、「ものこと」という言葉は結構使われるようになってはきたものの、実態は変わっていない。

 今回は変革のチャンスである。この2年の変化を無視して、コロナ前に戻ろうとすることは全くの無駄である。日経BPの「テクノ大喜利、ITの陣」の中で、2020年の3月31日の決算の印鑑を押す処理のために多くの人が出勤している無駄について書いた。既に同じような情報があったのであろう、経団連からも印鑑のための無駄な出社はやめようという指示が出された。

 また、はやりのデジタルトランスフォーメーション(DX)と持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、SDGs)も単なるバズワードから実務に展開され始めている。この変革を考えたビジネスモデル、産業構造変革を実践するのが2022年の大きな目標である。DXと言っても大半のソフトウエアは相変わらず輸入のものであり、日本のSIer(システムインテグレーター)は日本の特殊性から、カスタマイズをするのでなく、世界基準のデジタル・ITによる変革を進めることを理解しなくては周回遅れからの脱出はできない。日本のデジタル競争力は63カ国中27位、デジタル人材の国際性は63位と最下位、デジタルスキルは62位(スイスInternational Institute for Management Developmentの「World Digital Competitiveness Ranking 2020」のデータ)である。ビジネスの動きも最下位を脱することから始めなくてはいけないのではあるが……。