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 米メタ・プラットフォームズ(Meta Platforms)は、旧社名のフェイスブック時代の2020年に、暗号資産「Libra」を構想した。当初は、実際の通貨のように買い物ができるようなものとすることを想定し、複数の法定通貨によって構成されたバスケットで価値を裏付ける計画も持っていた。しかし、多くの企業の賛同は得たものの、金融の安定性に危険を生じさせる可能性が高いとする規制当局の懸念と反発を呼び、計画を軌道修正。名称を「Diem」に変更し、単一の法定通貨もしくは資産によって価値を裏付ける形へと設計し直した。そのメタがビジネスの中核に据えたメタバースは、Diemと無縁の世界になるはずがない。

 メタバース関連市場の見通しを考える際の論点を、期待とリスクの両面からブレーンストーミングしているテクノ大喜利。今回の回答者は、MTElectroResearchの田口眞男氏である。同氏は、お金や資産に関係するアプリケーションが、メタバースの利用価値を高め、応用を広げる要因となる可能性を指摘。その一方で、メタバースの発展を阻害する動きを呼び込む要因となるのもお金や資産に関連するアプリケーションであるとした。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
田口 眞男(たぐち まさお)
MTElectroResearch 代表
田口 眞男(たぐち まさお) 1976年に富士通研究所に入社とともに半導体デバイスの研究に従事。1988年から富士通で先端DRAMの開発・設計に従事。メモリーセル、高速入出力回路や電源回路などアナログ系の回路を手掛ける。2003年、富士通・AMDによる合弁会社FASL LLCのChief Scientistとなり米国開発チームを率いてReRAM(抵抗変化型メモリー)技術の開発に従事。2007年からSpansion Japan代表取締役社長、2009年には会社更生のため経営者管財人を拝受。エルピーダメモリ技術顧問を経て2011年10月より慶應義塾大学特任教授、2017年4月より同大学の先端科学技術研究センター研究員。技術開発とコンサルティングを請け負うMTElectroResearchを主宰。
【質問1】メタバースのキラーアプリは何だと思われますか?
【回答】カネが関係するもの、例えばモノの交換仲介と商流コントロール

 どうやら現在のわれわれは、大きく世の中が変わる渦中にあるようだ。AI(人工知能)が珍しくなくなり、アバターも何となく社会的に認知され、リモートワークで「その場にいなければいけない」呪縛から解かれた。そんなタイミングで、VR(仮想現実)技術によってサイバー空間に「メタバース」という仮想空間をつくり上げ、アバターに人間の代行をさせる考えが出たからである。

 メタバースの世界では、実世界では実現できないことも可能になってしまう。何が起こるか予想できない。これによって、産業革命に匹敵する画期的なことが起こるかもしれないため、商工業への応用にいろいろな企業が関心を示している。しかし、良いことばかりではなく、現実世界に合った仕組みで動いている現在の社会では、混乱も起きるだろう。両空間の支配者が違うため、利益相反が起こり、これが混乱の原因となる。高等生物の世界では秩序が無ければ破滅してしまうので、慣習なり、法律なり、宗教ならば教義があって社会が成り立っている。メタバースが実世界の商業活動に組み込まれれば、そのとき問題が起こるのは必定だ。

VRは必要条件だが十分条件ではない

 メタバースを活用する際、VRを実現するヒューマンインターフェースの部分は、直接的に機能・性能に影響する。だからキラーアプリがここに存在すると考えるのが普通だと思う。だが、大きなゴーグルを日常的に家庭で着けたままということはなさそうな気がするし、必要なときだけに限られるのでは、産業用や医療用に必須の場合は別として、メタバースがスマホで使うネット空間のようには普及することはないと思う。もしもゴーグルを用いずに3次元視できるディスプレーが実現すれば話は別であるが……。

 2010年ごろ、立体テレビがブームになり、試験放送までされたが消滅してしまった。やはりゴーグルをかける手間が大きく普段使いには不向きだったように感じるし、そもそも立体で見る必然性があるコンテンツには限りがある。AR(拡張現実)用のスマートグラスというのも今話題になっており、米クアルコム(Qualcomm)が専用チップを開発しているが、それですら普段かける眼鏡に適用できるのは先の話だろう。

結局キラーはカネ関係

 邪魔なゴーグルを我慢してでもメタバースが普及するとすれば、やはりカネが絡んだ場合だと思う。メタバースで仕事をしたら収入が2倍になるとしたら、メタバースなら税金を払わなくて済むとしたら、もしくは軽くなるとしたらどうだろう。ゴーグルのうっとうしさは二の次にして使う人は増える。

 カネに絡むと言ってもピンとこないので、一つの例として「物々交換」アプリを考えてみよう。原始人は物々交換で生活していたと思われるが、貨幣を発明して便利になった。だが貨幣を経由することで、地域の支配者に税金を払うシステムができた。税金は社会の発展のために使えば決して悪いものではないが、払う方としてはなるべく減らしたい。メタバースと人工知能の手配により、最小限の物流で物々交換できたらどうだろう。メルカリのようなフリーマーケットも、資源の有効活用の観点から推奨されるし、キラーアプリになる可能性を感じる。物々交換など、個人間の商流での品質保証に難点を感じる人たちの不信感を払拭できる、何らかの方法が編み出されれば成功するだろう。また物々交換のモノはエネルギー(情報とか労働とか)でもよいので、その場合は決済を仲介する暗号資産が使われるだろう。

実空間に出たときが問題

 メタバースでNFT(非代替性トークン)を稼ぐゲームがあるらしいが、仮想空間から実空間に戻ったときに賭博とされたり、収入を申告しなかったりなどして税務当局に摘発されることも起こるだろう。

 そもそもメタバースの世界は国境とは関係のない分散管理を信じる人々が集う空間である。場所に由来して中央集権的に管理したい国家とは、本質的に相性が悪いと思う。このことは、Meta PlatformsのSNSであるFacebookが中国などでは自由に使えないことからも察しがつくし、巨大企業が国家を上回る影響力を持ち始めたことへの警戒心はどの国にもあるだろう。規制とイノベーションの微妙なかじ取りで大いに悩むことになる。

 ゲームや産業・医療用の革新的な装置であるうちはよいが、大喜利的にはカネ(国によっては思想・信条も)が絡むアプリは、普及の原動力になるとともに「killer(殺し屋)」になりかねないことを指摘しておきたい。