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 コロンブスがアメリカ大陸を発見した後、世界の国々の力関係や国際秩序の考え方、人々の価値観などは大きく変わった。突然、広大な土地と豊富な資源、産物をもたらすフロンティアの扱いは国ごとに異なり、ある国は飛躍し、別の国は没落していった。

 人々の生活やビジネス、社会活動など現実世界の営みを、まるっと移し、拡大・拡張できるメタバースは、まさに新大陸発見のようなインパクトを近未来の社会にもたらすのかもしれない。魅力と可能性に満ちているが、旧来の価値観から見たら無法地帯にもなりかねないフロンティア、これがメタバースである。どのように活用し、対峙するか、多くの企業にとって大きな課題になる可能性がある。

 メタバース関連市場の見通しを考える際の論点を、期待とリスクの両面からブレーンストーミングしているテクノ大喜利。今回の回答者は、服部コンサルティング インターナショナルの服部毅氏である。同氏は、メタバースがもたらすインパクトの大きさを強調。フロンティアで何を成すべきかを考えることが、今後しばらくの課題になることを指摘している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
服部 毅(はっとり たけし)
服部コンサルティング インターナショナル 代表
服部 毅(はっとり たけし) 大手電機メーカーに30年余り勤務し、半導体部門で基礎研究、デバイス・プロセス開発から量産ラインの歩留まり向上まで広範な業務を担当。この間、本社経営/研究企画業務、米国スタンフォード大学留学、同大学集積回路研究所客員研究員なども経験。2007年に技術・経営コンサルタント、国際技術ジャーナリストとして独立し現在に至る。The Electrochemical Society(ECS)フェロー・終身名誉会員。マイナビニュースや日経クロステックなどに、グローバルな見地から半導体・ハイテク産業動向を随時執筆中。近著に『メガトレンド半導体2014-2023』(日経BP)、『2ケタ成長 光ファイバー・半導体』(毎日新聞出版)、『有機EL・半導体バブル』(毎日新聞出版eBOOK)、『半導体・MEMSのための超臨界流体』(コロナ社)がある(共に共著)。
【質問1】メタバースのキラーアプリは何だと思われますか?
【回答】誰にも分からないし予測は当てにならない。新しいことにチャレンジしてチャンスをつかめ

 インターネット上の巨大仮想空間であるメタバースで、今のところ主に考えられているのは、メタバースならではの没入体験に満ちた世界の応用だ。具体的には、ゲームの中で自分のアバターと仲間が一緒に行動したり、敵と戦ったり、アバターがタイムマシンに乗って場所と時代を瞬時に移動し人々と交流したり、ZoomやTeams、Webexなどのビデオ会議を行ったりといったものだ。

 しかし、メタバースの応用は、ゲームやビデオ会議にとどまらないだろう。例えば、産業界では、デジタルツインで仮想空間に現実に開発している先端製品(例えば完全自動運転の電気自動車)や開発中の都市空間や工場の生産ラインを立体的に再現して不都合を見つけたり、予防・予知したりすることもできる。また、製品開発の現場に向けた、さまざまなシミュレーションを通して性能向上に向けて機能アップする方法を見つけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の中核技術として、既に一部で実用化している。ものづくりの設計や、問題の同定と解決、さらには情報共有を世界中の仲間たちと同時にできることになり、革新的なものづくりの手段になるだろう。

 新型コロナウイルス禍で海外の客先での装置据え付けや立ち上げ、修理・保守点検のためにエンジニアが出国できないケースが頻発している。現地社員や客先社員とともに、MR(複合現実)ゴーグルを通して、装置立ち上げや建築施工や故障の問題解決へ早期に導くことができた事例が既に報告されている。その適用分野をビジネスや暮らしにまで拡大することで、新たな価値を持つ技術・商品・ビジネスが続々と登場する可能性がある。

未来は予測するものではなく、自ら創造するもの

 ここまでが、一部で初歩的な試みが行われていたり、十分に想像がついたりするメタバースの応用例である。ただし、現時点では、メタバースが最終的にどのような姿になるのか分かってはいない。プラットフォームにしても、米メタ・プラットフォームズ(Meta Platforms)が構築しようとしている総合型、米マイクロソフト(Microsoft)が構築しようとしているビジネス系、米エピックゲームズ(Epic Games)などのゲームエンターテインメント系、さらにはデザイン系、インダストリー系などさまざまな構想がある。そのどれが優勢かは明確ではなく、ましてやどんなソフトが有望かも分からない。当面は、それぞれが試行錯誤を重ねて共に最適な完成形に進歩していくだろう。

 社会のインフラとなるようなプラットフォームに収束するのには10年以上要するのではないかと思われる。メタバースのキラーアプリは、最終的に何になるかは誰にも分からないし、現時点での予測は当てにならない。分かっていれば、皆とっくに飛びついているだろう。

 アナログ家電時代とは異なり、デジタル時代には、過去の経験からでは何が流行するのか予測がつかず、とりあえずはやってみて試行錯誤でチャンスをつかむ時代になってきている。筆者の体験でも、1994年にPlayStation初代機が発売された際に、多くの人の反応は「たかがゲームに高精細画面表示はいらない」というものだった。2007年にiPhoneが登場したときも、後にガラケーと揶揄(やゆ)されることになる携帯電話の事業者の反応は冷ややかだった。「未来は予測するものではなく創造するものである」という言葉があるが、いずれメタバースのキラーアプリになるようなものは未来を切り開くイノベーターによって創造されるだろう。それは、今はまだ誰も想像できてはいないような非連続な破壊的アプリである可能性が高い。

 現在は、重たく高価なゴーグルを着けないと没入感が得られないが、いずれはサングラスのような簡単なツールやさらにはヘッドセットなしで没入感が得られるようになれば、メタバースは急速に普及するようになるだろう。米国では、画像処理機能や無線通信機能搭載のコンタクトレンズタイプが既に開発され、商品化が計画されているという。今後このような革新的なツールやソフトが続々登場することを期待したい。