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 新しい価値を持った商品やビジネスを創出する手法として、オープンイノベーションに注目する企業が増えている。視座や価値観、知識背景が異なる人を集め、それぞれの知見をすり合わせて新しい知恵を探り出す取り組みだ。既存商品同士の思ってもみなかったような融合で市場を席巻する新商品が生まれることがよくあるように、いたずらに専門性を深めるだけでなく、視野を広げ、視点を高めることで、それまで見えていなかった活路が見いだせるようになることはよくある。解決困難な社会問題を世界で共有する今こそ、有効活用したい方法だ。

 効果的なオープンイノベーションを行うためには、異質な人を集め、円滑にコミュニケーションして、問題を整理・共有する必要がある。しかし、これを実際にやろうとすれば、主催者も参加者も相応の手間、時間、コスト、そして覚悟が必要になる。メタバース関連市場の見通しを考える際の論点を、期待とリスクの両面からブレーンストーミングしているテクノ大喜利。今回の回答者は、立命館アジア太平洋大学の中田行彦氏である。同氏は、人材育成と知識創造に向けたメタバース活用への期待を語っている。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
中⽥ ⾏彦(なかた ゆきひこ)
⽴命館アジア太平洋⼤学 名誉教授
中⽥ ⾏彦(なかた ゆきひこ) 神戸大学大学院卒業後、シャープに入社。以降、33年間勤務。液晶の研究開発に約12年、太陽電池の研究開発に約18年、その間、3年間、米国のシャープアメリカ研究所など米国勤務。2004年から立命館アジア太平洋大学の教授として、技術経営を教育・研究。2009年10月から2010年3月まで、米国スタンフォード大学客員教授。2015年7月から2018年6月まで、日本MOT学会企画委員長。2017年から立命館アジア太平洋大学 名誉教授・客員教授。2020年から名古屋商科大学非常勤講師。京都在住。
【質問1】メタバースのキラーアプリは何だと思われますか?
【回答】 Zoomを超える「遠隔会議・教育システム」

 立命館アジア太平洋大学(APU)に所属する筆者は、京都の書斎から世界に向けて遠隔授業をしている。この遠隔授業は、Zoomを用いているが、これを超える飛躍的な改善をメタバースに期待している。

 APUの学生総数約5500人のうち、約2500人がAPUで国際学生と呼んでいる留学生だ。ほぼ全科目を、日本語と英語で教える真のグローバル大学である。しかし、コロナ禍の影響で、留学生の日本入国が非常に制限されている。

 筆者が教えた遠隔授業では、ナイジェリアの学生は、毎日4時間程度しか電気が来ず、太陽電池と蓄電池からの電気で遠隔授業を受けていた。また、国際協力機構(JICA)から、隔離処置などの支援を得て、やっと入国できた学生もいた1)

 今期の遠隔授業では、アルジェリアの学生が受講してくれたが、突然アルジェリアから脱出するとのメールを受け取った後、連絡が途絶えた。その後、JICAの支援を得て日本に入国できたが、体調不良で入院したとの連絡が入った。現在は、APUのある大分県別府市で入院中である。厳しい状況でも学ぼうとする学生の姿勢に感銘を受けた。また、学びのフィールドを世界に広げるというAPUの貢献について、APUの教員であることを誇りに思う。

 さて、遠隔授業の本題に戻ろう。Zoomがあることで、世界への遠隔授業が可能となった。Zoomに感謝しているが、課題もある。

 筆者は、学生の創造性を育成したいと、「知識スパイラル教育法」と呼ぶ、独自の教育法を開発・実践している2)。一橋大学の野中郁次郎名誉教授の知識創造理論を教育法に取り込んだものだ。

 遠隔授業では、図1に示すように、先に与えた設問に対して、例えばNHKのドキュメント番組「プロジェクトX」などを圧縮した動画をZoomで共有して体験する「共同化」プロセスから始める。それを基に、Zoomのブレークアウト機能を活用して小グループで対話し言語化する「表出化」プロセスを行う。そして、言語化されたものを、システム化する「連結化」プロセスとなる。このときに、Zoomは文字などを書き込めるホワイトボード機能を用意しているが、学生は、慣れている米マイクロソフト(Microsoft)の「PowerPoint」を用いたがる。そのPowerPoint資料の提出は、朝日ネットの学習管理ソフト「manaba」を用いている。後日、提出されたPowerPoint資料を筆者が評価し、良いグループを選んで連絡する。次週に、選んだグループに発表させ、他グループと意見交換し「内面化」を図る。

図1 遠隔授業での「知識スパイラル教育法」の実施方法
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図1 遠隔授業での「知識スパイラル教育法」の実施方法
出典:筆者が作成

 遠隔授業でも「知識スパイラル教育法」を実施しようと試行錯誤した結果、何とか実施可能になった。

 しかし、Zoom、PowerPoint、manabaと異なるメーカーのソフトを使いこなさないといけない。動画も圧縮する必要がある。Zoomも遠隔授業に用いるために制作されたものではなく、ブレークアウトルームの移動に手間がかかるなど、最適化されていない。特に、ブレークアウトルームでの小グループの対話が、対面授業と同様にはいかない。

 これらの課題、特に小グループでのコミュニケーションを改善する方法として、メタバースに期待している。

 立命館大学では、メタバースを大学の新入生歓迎イベントなどに利用する動きが既に始まっている。

 展開領域は遠隔授業にとどまらない。知識創造できる遠隔会議システムへの応用も期待したい。マイクロソフトは、遠隔会議の「Teams」に仮想空間で会議などができる機能を2022年に加えるという3)。筆者は、米国のシャープアメリカ研究所に勤務していたことがあるが、シャープは英国にも日本にも研究開発拠点を持っている。これらの多様性のある研究開発拠点がメタバースを活用して遠隔会議を行えば、コミュニケーションが良くなり知識創造が進むと思う。

 このため、メタバースのキラーアプリとして、Zoomを超える、知識創造を促進する「遠隔会議・教育システム」に期待している。

■参考文献
1)中⽥⾏彦、「2021年注目は脱炭素破壊的技術、ペロブスカイト太陽電池に期待」、⽇経クロステック、2021年1⽉21⽇
2)中田行彦、「『RemoteTech』の活用と日本型経営の革新でダイバーシティー社会実現へ」、日経クロステック、2020年6月23日
3)根津禎、「Teamsにアバターでも参加可能に、Microsoftがメタバース強化」、日経クロステック、2021年11月4日