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 自動車業界では、自動車メーカー内の各部門、さらにはサプライヤー各社との密な連携に裏付けられた、「擦り合わせ型」の開発が強い製品を造り出すとされてきた。近年では、多品種展開やグローバル対応を効率的に進めるために、クルマのプラットフォーム開発やモジュール化も進んでいるが、擦り合わせ型で開発すべき部分が多々残っているため、参入障壁が高いとされていた。

 こうした自動車ビジネスへの参入の検討を公言したのがソニーグループ(以下、ソニー)である。同社は、米Apple(アップル)などと同様に、一般消費者に対する訴求力が高い、目立つ企業だ。そのソニーが、自動車の開発では素人同然であるにもかかわらず、試作するだけでなく、ビジネスへの参入を口にしたことだけでインパクトがある。本来、自動車ビジネスは、たとえ大企業、そしてEV(電気自動車)であっても、他分野から簡単に参入できるようなものではないはずだからだ。

 ソニーによる、自動車ビジネスへの参入の意義、既存ビジネスとのシナジー、新たに生み出される価値などについて議論しているテクノ大喜利。今回の回答者は、立命館アジア太平洋大学の中田行彦氏である。同氏は、ソニーが自動車ビジネスへの参入を検討していることを公言したことで、モジュール型の開発・生産に基づく自動車業界の水平分業化が、急速に進む可能性があることを指摘している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
中⽥ ⾏彦(なかた ゆきひこ)
⽴命館アジア太平洋⼤学 名誉教授
中⽥ ⾏彦(なかた ゆきひこ) 神戸大学大学院卒業後、シャープに入社。以降、33年間勤務。液晶の研究開発に約12年、太陽電池の研究開発に約18年、その間、3年間、米国のシャープアメリカ研究所など米国勤務。2004年から立命館アジア太平洋大学の教授として、技術経営を教育・研究。2009年10月から2010年3月まで、米国スタンフォード大学客員教授。2015年7月から2018年6月まで、日本MOT学会企画委員長。2017年から立命館アジア太平洋大学 名誉教授・客員教授。2020年から名古屋商科大学非常勤講師。京都在住。
【質問1】ソニーが自動車ビジネスに参入する意義は何か?
【回答】 EVの水平分業を加速し参入障壁を低くする

 「EV市場への参入を決定したわけではない」。

 ソニーの副社長兼CFOの十時裕樹氏は、2022年2月2日に開催した決算説明会で強調した。ソニーが、2022年1月にテクノロジー見本市「CES 2022」で発表した内容について、憶測がひとり歩きするのを防ぐためだ。

 十時氏は、「今後、さまざまなパートナー企業との連携や提携を前提に検討していく」とした。ソニーは自社だけではEVを開発・生産できない。様々なパートナー企業との連携や提携が不可欠であることを意味する。同社が最も強く依存しているのが、オーストリアのMagna Steyr(マグナ・シュタイヤー)である。

 ソニーは20年のCESで、セダンタイプのEV試作車「VISION-S(01)」を初公開した。このクルマおよび今回の「VISION-S 02」はともに、Magna Steyrが受託開発・生産したものだ1)。Magna Steyrは、ミラーや四輪駆動システムなどの自動車部品を作るだけでなく、一から自動車を製造できる数少ない会社の一つである。この特長を生かし、相手先ブランドによる自動車の受託開発・生産(ODM)を行っている。つまり、半導体におけるファウンドリーの台湾TSMCと同様に、受託生産だけでなく、開発も受託できる。同社は、カナダの自動車部品メーカー、Magna International(マグナ・インターナショナル)の子会社であり、2001年に設立された。年間の生産台数は20万台に及び、これまでに370万台の実績がある。既に、トヨタ自動車の「スープラ」や、ドイツのメルセデス・ベンツの「Gクラス」など多くのクルマをODMしている。EVでも、英Jaguar(ジャガー)の「I-PACE」を開発・生産している。

 「VISION-S 01」のCES出展は綱渡り状態だったという2)。その開発・生産過程から、ソニーEVの水平分業の構造が見えてくる(図1)。

図1 「VISION-S」のCES出展過程から見えるソニーEVの水平分業構造
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図1 「VISION-S」のCES出展過程から見えるソニーEVの水平分業構造
出典:著者作成

 Magna SteyrにEVの開発を委託したソニーは、組み立てを行ったMagna Steyrの欧州工場に、ソニーの各部署から多くのエンジニアが出張して、同社のセンサー、スピーカー、アンプ、ディスプレーの部品群をボディーに組み込んだ。ハードウエアができあがったのが、CES開幕の1週間前で、そこから日本へ空輸した。ソフトウエアとコンテンツを大急ぎで整備して、CESが開催される米ラスベガスまで空輸し、なんとかに間に合ったという。

 このエピソードから、ソニーとMagna Steyrの水平分業の構造が分かる。ソニーは、ODMを依頼すると共に、センサー、スピーカー、アンプ、ディスプレーの部品群、およびソフトウエアとコンテンツを担い、Magna SteyrがEVの開発・生産・組み立てを担う。

 これを別の視点から見ると、EVビジネスを「モジュール」に分断し、それらを「水平分業」することで、IT業界からでもEVに参入できることを示した。つまり、ソニーのように目立つ企業が自動車ビジネスに参入した意義は、EVのモジュール化・水平分業化を加速すると共に、EV参入障壁を低くした点にある。

■参考文献
1)中田行彦、「EVモジュール化が最優先、トヨタは一刻も早くリーダーの戦略を」、日経クロステック、2021年2月26日
2)麻倉怜士、「吉田社長が語る、ソニーの「VISION-S」カーはいかに開発されたのか」、日経クロステック、2020年1月21日