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 部屋の中で楽しむものだった音楽を「ウォークマン」の発明で街に持ち出し、音楽の楽しみ方を変えたのがソニーグループ(以下、ソニー)である。エンターテインメントを、在宅している間の限られた時間だけでなく、外出している最中にも拡張。現代風に言えば音楽と風景を重ねた拡張現実(AR)を実現し、多くのユーザーに感動をもたらした。今、デジタル機器で扱えるエンタメは、音楽だけでなく、動画やゲームなど多様化している。ただし、こうしたエンタメの多くは、かつての音楽がそうだったように限られた場所と時間だけでしか楽しめない。

 ソニーが、自動車ビジネスへの参入を検討していると発表したことを受けて、その意義、既存ビジネスとのシナジー、新たに生み出される価値などについて議論しているテクノ大喜利。今回の回答者は、東京理科大学大学院の若林秀樹氏である。同氏は、エンタメを楽しむ場としての動く閉鎖空間であるクルマの可能性を指摘。そこで展開するソニーらしい、感動を生み出すプラットフォームビジネスが創出される可能性を示唆している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
若林 秀樹(わかばやし ひでき)
東京理科大学大学院 経営学研究科技術経営専攻(MOT) 教授
若林 秀樹(わかばやし ひでき) 昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年 野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、JPモルガン証券で日本株部門を立ち上げ、マネージングディレクター株式調査部長、みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日本経済新聞などの人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人旧半導体産業研究所諮問委員など。平成26年サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より、ファウンダー非常勤役員。平成29年より、東京理科大学イノベーション研究科教授。平成30年より現職(MOT)。現在、経済産業省の半導体デジタル産業戦略検討会議のメンバー、JEITA 半導体部会 政策提言タスクフォース 座長を務める。著書に『経営重心』(幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(洋泉社)など。
【質問1】ソニーが自動車ビジネスに参入する意義は何か?
【回答】クルマ業界がケーレツから水平分業となり、スマホと同じ構造へ。クルマは端末に過ぎなくなる

 ソニーが、クルマというよりEV(電気自動車)に本格参入することの意義は、EV業界がスマートフォンと同じ、水平分業構造になるということを裏付ける点にある。クルマ全体も、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)化によって、これまでのケーレツ構造が破壊され、水平分業になる可能性が高い。

 ソニーだけではない。既に、米Apple(アップル)も参入、こうしたIT・エレキ系、米Tesla(テスラ)や中国系の新興EVメーカー、そして英Dyson(ダイソン)やEMSの台湾Hon Hai Precision Industry(鴻海精密工業)も参入した。また、完成車ではないが、日本電産や米Intel(インテル)、中国Huawei(ファーウェイ)などは、デバイスのように一部での水平分業のレイヤーマスターを狙うだろう。つまり、クルマの業界構造が電子産業と同様に水平分業化が進み、市場拡大とEV普及を促し、ビジネスモデルやルールが変わる。そこで重要になるのは、GAMAM(Google、Apple、Meta Platforms(旧Facebook)、Amazon.com、Microsoft)や、日本では日立製作所、ソニーも導入している、プラットフォーマー型ビジネスモデルである。そこでは、端末はスマイルカーブの底辺になり、付加価値はネットワークやインフラ側に移る。スマホと同様に、クルマそのものの付加価値は減り、運転のしやすさ、走行性能なども含め、個々のクルマの性能やドライバーの技量から、ネットワーク側、インフラ側で決まるだろう。

 ソニーはEVでも、ゲームなどと同様のサブスクリプションを取り入れたプラットフォーマーの座を狙うだろう。CASEというキーワードのコネクテッド、自動運転、シェアリングはすべて、ゲームと共通点が多く、ゲーム事業での知見や技術の蓄積を生かせる。クルマのレーシングゲーム「グランツーリスモ」で人間に勝ったAI(人工知能)ソフト「ソフィー」を自動運転に活用するなど、ゲーム上でのいわば、バーチャルで蓄積された技術をリアルの世界に適用できる。

 自動車業界の構造は、脱ケーレツ、スマホ化する中では、売り切りでなく、サブスクリプションモデルになる。移動空間で、音楽や映画を楽しめるし、もちろんドライブ自体も、ゲーム同様にワクワクするエンタメである。ただ、ゲームよりは、安全・安心の度合いがケタ違いに高く、ゲームが完全にバーチャルな世界であるのに対し、クルマは、常に現実世界と向き合う点が大きく異なる。安全・安心を確保しながら、それを意識せず、いかに運転を楽しめるかが重要である。

 ビジネスモデルがプラットフォーマー型といっても、ゲームなどでのクリエーターとユーザーが共創するという最近流行の循環型ではなく、まずは米Microsoft(マイクロソフト)などが行ってきた伝統的な基盤型になるだろう。将来は、最終ユーザーであるドライバーと設計者が対話しながら、より良いクルマを設計したり、カスタマイズしたり、そこには、世界の老若男女のクルマの運転データも活用できるという循環型になる。また、ドライバーと映画やゲームの制作者が会話し、映画に欲しい風景の動画データを共有し、あるいは製作者の依頼により、ドライバーが少し寄り道して、クルマが風景を自動的に撮ってくれるようにもなるだろう。それは、エンタメでの映画やゲームなどにも使え、同時に自動運転のための技術にもなる。

 付加価値が低くなる車両そのものは、意匠も含めデザイン(音響が良くなる場合もある)は手掛けるが、製造には関心がないだろうし、スマホ同様に、生産はEMSを活用するだろう。もちろん、CMOSセンサーはじめ、センサー系やキーパーツの半導体や電池(売却が惜しい)は外注にするかどうかは思案のしどころだ。半導体も、センサーだけでなく、製造はファウンドリー(製造受託)としても、プロセッサーを自社開発する可能性もあるだろう。

 CASE化の中で、業界構造がケーレツのままか、水平分業かは、長年議論になってきた。10年前に、拙著1)に、この構造変化について書いた時には、自動車業界関連の方から批判された。しかし、まさに電機業界と同じ水平分業化が起きているのである。ただ、業界の固有周期が長く、安心・安全面の課題があり、ケーレツが強いせいか、これまでの変化は遅かった。しかし、ここからの動きは一気に加速することだろう。

■参考文献
1)若林秀樹、「日本の電機産業はこうやって蘇る」、洋泉社BIZ