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【回答者後記】共存し争ってきた、因縁深いAMDとIntel

 筆者は、パソコンを自作したことがある。約45年前のことだ。CPUには米Motorola(モトローラ)の「MC6800」を使い、メモリーやソケットなども大阪日本橋筋の電気街で買ってきた(編集部注:企業名はエピソード当時のもの。以下同)。月刊誌『トランジスタ技術』の別冊を基に自作した。入力にはレバーを上げ下げするトグルスイッチを多数並べ、出力にはLEDランプを並べただけのものだった。トグルスイッチを上げ下げすることでループを回る回数を変え、ループ回数に応じて異なるノイズが発生するソフトウエアを作り、そのノイズをラジオで受けると、かろうじて音楽らしく聞こえた。それだけの機能だったが、自作した喜びがあった。

 その後、会社に米Apple Computer(アップルコンピュータ)の「Macintosh」が導入され、GUI(Graphical User Interface)の使いやすさを実感した。そしてパソコンを自分で初めて購入したのは1990年ごろで、Appleの「Macintosh II」だった。価格も安くなっており、筆者にも手が届いた。シャープで太陽電池を研究した内容を自宅で博士論文にまとめるために購入した。執筆済みの英語論文をOCR(光学的文字認識)で読み込ませ、フォント合わせとシナリオの整合性を整えて博士論文を作成した。

 パソコンが趣味からビジネスに使えるようになった理由は、CPUの性能向上があったからだ。このCPUの性能向上で、AMDとIntelは、協力と競争の深い因縁がある。AMDとIntelは、共に米Fairchild Semiconductor International(フェアチャイルドセミコンダクター)から誕生した会社である(図4)。

図4 CPUのリーダーIntelとチャレンジャーADMの協調と競争関係
図4 CPUのリーダーIntelとチャレンジャーADMの協調と競争関係
出典:筆者が撮影した写真から作成
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 Intelは、Robert Noyce氏や、ムーアの法則で知られるGordon Moore氏らが1968年7月18日に設立した。当初、メモリー事業を主力としていたが、1970年代にマイクロプロッセッサー事業に転換した。1981年8月に、米IBM初のパソコンのCPUに「Intel 8088」が採用されたことが、急成長するキッカケとなった。しかし、IBMは、IBM PCに搭載するチップにセカンドソースを要求した。このため、Intelは1982年にAMDを含む複数の製造会社とセカンドソース契約せざるを得なかった。つまり、AMDは、当初、Intelの協力者であり、その製品は公式のコピー品だった。

 しかし、AMDは、Intelと同じ回路なのに、製造プロセスを工夫して、Intelより動作クロックが高い製品を売り始めた。1987年以降、IntelとAMDは、ライセンス契約や知財紛争で長期にわたり争うこととなった。

 AMDは、1991年に最初の互換プロセッサーを投入した。互換プロセッサーとは、回路などをコピーしたチップではなく、搭載している命令セットなどが特定のCPUと同じで、そのCPUと置き換えて使用できるCPUのことである。つまり、特定のCPUと中身は異なっていても、インプットに対して同じアウトプットが出てくるCPUだ。

 IntelとAMDを比較すると、1993年から2000年ごろまで、IntelがAMDより速度評価が高く、CPUの価格も高かった。しかし、2000年から2004年までは、AMDがIntelに追いつき速度評価と価格とも同等になっている。そして、知財紛争で争っていたIntelとAMDが和解したのは2009年のことだった。NVIDIAや独自チップなど、新たな競争相手が台頭した今、両社はどのように対峙していくことになるのだろうか。