ロシアのウクライナ侵攻により、ウクライナの国民はもとより、世界中の企業が大きな影響を受けている。戦況は日々刻々と変化している状態であるが、世界の経済や産業界に長期にわたる爪痕を残す領域が出てくる予感を感じる。
電子産業やIT産業の企業の中にも、ビジネスを展開する市場、サプライチェーンの見直しを迫られるところが出てくる可能性がある。また、世界中に莫大なエネルギーを供給していたロシアが世界から孤立することで、エネルギー産業のかたちが一変する可能性や、現在のメガトレンドである脱炭素化の潮流に変化が生じる可能性もある。
そこで、今回のテクノ大喜利では、ウクライナ危機が電子産業やIT産業に及ぼす影響を議論する。最初の回答者は、立命館アジア太平洋大学の中田行彦氏である。同氏は、あらゆる産業の企業がロシアへの経済制裁に伴う国際決済システムの変化への対応に迫られる可能性が出てくることを訴えるとともに、誰もが、いつでも情報や映像を発信できるスマートフォンが手元にある時代に起きた初めての大規模な戦争のインパクトを指摘した。
立命館アジア太平洋大学 名誉教授

ウクライナのゼレンスキー大統領は2022年3月23日に、日本の国会でリモート演説した。既にEUを始め7カ国で演説しており、ITを活用して賛同者を増やす活動に取り組んでいる。
同大統領は、「アジアで初めてロシアに圧力をかけ始めたのが日本だ」と謝意を表明し、「(ロシアに対する)制裁の継続をお願いしたい」と語った。「核物質の処理場をロシアが戦場に変えた」「ウクライナの原発、原子炉がすべて非常に危険な状態にある」と核の脅威を訴え共感を喚起した。また、「国際機関が機能してくれなかった」とも語った。
機能しなかったとされた国際機関とは反対に、機能したのが国際金融システムだった。つまり「金融戦争」での経済制裁は機能している。ウクライナへの支援のため、国際金融システムによるロシアへの経済制裁が効果的であってほしい。しかし、既にロシアは、国際金融システムによる経済制裁を回避する動きも見せはじめている。つまり、ウクライナ危機を契機に、国際金融システムの変化が加速する可能性が高い。
ロシアへの制裁として国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシアの銀行を排除した。SWIFTとは世界の銀行間で送金メッセージをやり取りする枠組みである(図1)。SWIFTを使わないと、SWIFTによる資金受領通知が決済銀行からロシアの銀行に送られない。実質的に送金と決済ができず、国際貿易は困難になる。米国は、これまで制裁対象外であったロシア最大手銀行であるSberbank Rossii(ロシア貯蓄銀行:ズベルバンク)を3月26日に追加し、制裁を強化した。
ロシアは、2014年のクリミア半島併合の際、欧米によるSWIFTからの排除が示唆されたことから、独自の決済システム(SPFS)を構築している。SPFSには約400の金融機関が加盟している。中国も、2015年に人民元の国際銀行決済システム(CIPS)を導入し、1288の金融機関が参加している。しかし、1日当たりの取扱件数はSWIFTの4200万件に対して、CIPSは1万2000件にすぎない。CIPSを用いた国際決済でも、大半が送金指示などにSWIFTを用いているからだ。
ただ今後は、SWIFTへの依存を減らしたSPFSやCIPSの活用が増えてくるはずだ。さらにSPFSやCIPS以外の他の銀行決済・通信システムの設立なども相次ぐ可能性がある。
また、米欧日などは、自国の中央銀行が保有しているロシア中央銀行の資産を凍結した。例えると、私が銀行を信用して預けた預金を、銀行が差し押さえて使えなくなるという超荒業だ。ロシアはこの凍結によって自らの外貨準備を自由に使えなくなり、同国通貨のルーブルは大幅に下落した。外貨準備とは、今回のウクライナ危機のような金融危機に直面した時の債務返済や市場混乱時の為替介入などに備えて、海外の中央銀行に貯め込んだ金融資産である。基軸通貨である米ドル建てが約6割を占めてきた。
この結果としてロシアは、国債の元本や利息を事前に予約した期日に払わずデフォルト(債務不履行)に陥るとの見方が強まっている。同国は、米欧日などが外貨準備凍結を解除するまでルーブルで支払うと主張したが、格付け会社は約束と異なる通貨での返済はデフォルトと見なすとした。ロシアは、3月22日までの2回の米ドル建てロシア国債の利払いは米ドルで支払い、デフォルトを回避した。しかし国債の元利金の返済は続き、払い続けられるかは予断を許さない。以前から、ロシアは米国債保有を減らし、外貨準備を金や中国人民元などに分散してきたが対応できなかった。今後はロシアが外貨準備の運用方法をより大きく見直す可能性が高い。さらにはロシアに限らず各国も、金融システムを激変させる可能性がある。この金融戦争で中央銀行資産の凍結に踏み切ったことの衝撃はそれほど大きいのである。
具体的には、SWIFTへの依存見直し、外貨準備の運用方法の見直しなどだ。国際金融産業のみならず、全産業が国際貿易や国際決済において大きな影響を受ける。各企業も、この金融戦争に対応する準備が必要である。