パソコンの心臓部であるプロセッサーや、スマートフォンのSoCの内部には意外と多様な回路が搭載されている。多くのCPUコアや各種アクセラレーター、メモリー、それらを制御する回路以外にも多様なインターフェース、電源回路などもある。最先端の製品ではこれらをすべて搭載したチップを最先端プロセスで製造しているが、チップ上のすべての回路を最先端プロセスで作る必然性はない。むしろ、チップが大きくなって、歩留まりが低下する要因になる。そもそも、チップ上に搭載する多様な回路を、不得意領域の回路も含めてすべて1社で設計するのも、改めて考えてみれば無駄な話である。
複数のチップレット(小さな半導体のダイ)を相互接続するための通信方式のオープン規格「Universal Chiplet Interconnect Express(UCIe) 1.0」の標準化のインパクトをテーマに議論しているテクノ大喜利。今回の回答者は、元 某ハイテクメーカーの半導体産業OB氏である。同氏は、UCIeの標準化を推し進めるIntel、さらには賛同する巨大IT企業の思惑をひもといている。そして、標準化の動機は決して社会貢献一辺倒というわけではなく、損得勘定がきっちりとなされたものなのだが、日本企業にとっては多くのメリットがあることも併せて指摘している。
某社リサーチャー

チップレット市場は巨大な成長ポテンシャルを持っている。製造・検査装置関連のイベント「SEMICON Korea」において、あるテスターメーカーのセミナーでは、チップレット市場は2020年から2035年の間に80倍に成長。2030年まではサーバー向けが業界をけん引し、2035年は無線通信向けがサーバー向けの3倍の市場規模に成長するという見通しが示された。
また海外の業界誌では、チップレット標準化になじむのは製品サイクルが数カ月と短くて小ロットな半導体デバイスとした上で、大成功を収めた米AMDのCPUのように、製品サイクルが比較的長くて、量がそれなりに出るデバイスについては、その製品に特化して最適化したインターフェースを使用して何ら支障がない、との分析が紹介されていた。
では、なぜ今ここに、標準化する必要性がないマイクロプロセッサー大手の米Intel(インテル)などが出てくるのか。ここの彼らのしたたかさを垣間見ることができる。
かつてIntelは、パソコンにおける自己の事業領域はパテントとして、NECなど日系メーカーに対する徹底的な訴訟攻勢、米Motorola(モトローラ)など別のアーキテクチャーのCPUを製造するメーカーに対してはネガティブキャンペーンなどを駆使して防衛した上で、マイクロプロセッサーをコアとしたパソコンの中心部と、周辺デバイス・周辺機器とのインターフェースの標準化、使い勝手の改善を徹底的に追求するという戦略を取った。その結果、外部ストレージ、メモリー、ディスプレー、キーボード、スキャナー、マイクなど、さまざまな周辺機器が台湾を中心とした新興国企業によって、安価で多彩な製品が供給された。PC市場は活性化して成長し、Intelも多大な利益を得ることができた。チップレットは、この夢をもう一度、ということであろう。
チップレット間接続を標準化することによって、Intelはプロセッサー領域を守った上で、メモリー、電源供給、グラフィック、AD/DAコンバーターなどの機能ブロックを安価に、かつ、さまざまな種類のものを調達できるようになる。その結果、チップレットの魅力は高まり、市場の底上げが期待できる。競合するAMDにとってもおいしい話である。
一方、台湾TSMC(台湾積体電路製造)などのファウンドリーにとっては、チップレット用のタイル(ブロック)のビジネスが獲得できるほか、半導体の内製化を進めている米Google(グーグル)などにとってもチップレットの使い勝手が良くなることで、内製化のハードルがさらに下がる。チップレットの標準化は、これらの企業が、タイルを安価に供給してくれる半導体メーカー同士を競争させ、安く使うことで甘い汁を吸うことを可能にするスキームであるといえる。