半導体産業の再興に挑む日本――。だが、現時点では、米国、韓国、台湾のように最先端の微細化プロセスで技術を競える状況にはない。熊本での台湾積体電路製造(TSMC)との合弁で取り組む10~20nmの技術で、直近の車載用半導体需要に応えるのが精いっぱいだ。それにしても、台湾TSMCの助けを借りないと先に進めない状況だ。この状況が常態化したのでは、とても半導体産業再興とは呼べないことは、旗振り役の日本政府も重々承知だろう。米国政府との間で、2025年までに2nmの技術を協力して開発していく、先を見据えた布石を打っているのはそのためだ。
10年後を想定し、半導体ユーザーが明確な夢を描き、その実現に向けてまい進できる半導体業界のニューノーマル(新秩序)をテーマに議論しているテクノ大喜利。今回の回答者はMTElectroResearchの田口眞男氏である。同氏は、提案されている将来のトランジスタ構造それぞれの利害得失を検証し、2nm以降の技術開発の焦点を示唆している。
MTElectroResearch 代表

半導体製品の基本は、やはりトランジスタである。その性能の動向は、多くの応用製品の行方を左右する。トランジスタの微細化に、いずれ限界が来ることは間違いない。一方、半導体デバイス技術やプロセス技術の国際学会であるIEDMやVLSIシンポジウムなどでは、まだ発展できることを示唆する発表が続いている。しかし、公称値2nm以下に対応するトランジスタはシリコン以外の材料や特殊な結晶構造を用いたものが多く、量産に適するかは分からない。この領域の技術は、今後の電子システムの動向、つまり継続的にチップの小型化ができるかチップの積層を主体に考えるべきかを知る上で重要になると思う。将来的にはシリコン・フォトニクスの領域を拡大し、光による情報処理に期待するが、それは別途議論したい。
MOSトランジスタ構造の複雑化と量子デバイス化
日本では、40nmテクノロジー以降には、デバイスの開発も製造も行われていない。最近になってそれが問題になり、2021年6月の経済産業省「半導体戦略(概略)」1),2 )では、「微細化ビヨンド2nm」と称して産業技術総合研究所(産総研)を中心に超最先端デバイスを開発する方針を掲げている。
図1に代表的トランジスタの構造をまとめるが、20nmテクノロジー近辺(メーカーによる)まではプレーナ型(a)、その先はフィン型(b)が実用化しており、さらにその先のためにGate All-Around(GAA)型(c)が提案されている。ビヨンド2nmには、p型とn型のトランジスタを重ねる形(d)や、チャネル材料がシリコン以外のもの、極薄のナノリボンやグラフェンに似た単結晶単層薄膜を使い、2D(2次元)空間に閉じ込めたキャリアの特異な挙動を利用した量子力学的デバイス、非晶質やIGZOのような化合物も対象になると思われる。意外に簡単な構造(f)で高性能を発揮することができるのか、結局は実用にならないのか分かれ目になるだろう。
今となっては先回りする日本の作戦は合理的
TSMC、米Intel(インテル)、韓国Samsung Electronics(サムスン電子)が激しく競争している現行の先端プロセスの開発に、日本企業が参入することはないと思われる。産総研を中心とした開発で、2nmよりも先を対象にする戦略は合理的だろう。
ただし筆者には、Gate All-Around型は、問題解決で苦労しそうに見える。チャネルを4面で構成するメリットが挙げられているが、断面が長方形では短辺部分の寄与が小さいので、正四角柱を倒した形にしなければならない。すると角の部分に電界が集中して、ゲート耐圧の低下やリーク電流が発生する。エッジを丸めるプロセスを入れて(e)のように丸棒にせざるを得ない。
かつて1Mビットから4Mビット時代のDRAMのトレンチキャパシタがそうだったが、コーナー部分の電界集中が問題になる。だが、丸棒を高歩留まり・低コストで形成できるのかは分からない。また、ゲート絶縁膜は、電子の直接トンネル電流が発生するため、物理的な厚さを2nmより薄くするのは困難(Hi-k膜で電気的厚さSiO2換算0.2nmは可能だろうが)と思われる。チャネル周囲は絶縁膜で着ぶくれして、小型化の限界が来てしまう。
構造が複雑で、製造コストが高くなっても、CMOS回路としての面積が小さくなるので得だというのがp/n積層型である。pMOSの材料にGe3)という半導体創世期の材料が登場するのには驚く。ただし、Geはバンドギャップが狭いので、局所的に高温動作を余儀なくされる高集積・高速デバイス(単位体積当たりの発熱量は増大する)に向くのかが疑問だ。
チャネルを極限的に薄くすると、デバイスの特性が従来のスケーリングとは異なってくる。既に2006年に厚さ0.7nmという極限的に薄い(シリコン原子5個分)SOIトランジスタが試作されている4)。しきい値電圧以下の電流の切れが良くなると報告されている。低電源電圧のローパワー用途に最適だろう。単結晶単層薄膜構造は未知なことが多く、材料もWS2(二硫化タングステン)5),6)や、P(リン)、Sb(アンチモン)などトランジスタ本体には違和感あるものばかりである。グラフェンのナノシートの特性も解明されつつあるが、リボンの幅でバンドギャップが変わる7)など、特異だが新たなデバイスが誕生する期待もある。
日本には強力な半導体関連産業があるので、本命のデバイスを最初に実用化し、資金さえあれば再び電子立国になれる可能性はある。ただ、考慮すべきはそのビジネスモデルで、製造が日本企業だとすると、TSMCと真っ向勝負することになるのだろうか。そして、それでいい勝負ができる経営者がいるかが問題である。逆にTSMCが製造するならば、台湾の技術開発チームとの関係をどうするかが課題になる。「何でも日本で」という考えは選択肢を狭め、効率を悪くするのでやめた方がいいが、日本の半導体復権とは何が達成されたらそう呼べるのか、明確にしておいた方が良い。
1)経済産業省、「半導体戦略(概略)」、2021年6月
2)吉川和輝、「TSMC酸化で半導体製造技術開発 国産再興「3次元」に賭ける」、日本経済新聞、2022年4月4日
3)産業技術総合研究所 プレスリリース、「2nm世代向けの新構造トランジスタの開発」、2020年12月8日
4)内田 建、古賀淳二、「7nmの極薄膜SOIトランジスタ技術」、東芝レビュー、Vol.61、No.2、2006年2月
5)I. Asselberghs et al., “Wafer-scale integration of double gated WS2-transistors in 300mm Si CMOS fab”, IEDM2020
6)服部 毅、「IntelがEUV露光多用の4nmプロセス、TSMCが単原子層WS2トランジスタを発表予定」、Tech+、2022年5月20日
7)奈良先端科学技術大学院大学、「世界初!次世代の省電力・超高速電子デバイス材料の精密な合成に成功 シリコン半導体の微細化の限界を突破するグラフェンナノリボン ~炭素原子17個分の幅に仕立て、電気的特性を最高レベルに~」、2020年6月24日
地政学的リスクというと、世界の半導体生産基地である台湾の有事を想起する。ところが、ロシアのウクライナ侵攻で希ガスやレアメタルの不足が顕在化し、そんなところも関係していたのかと驚いた昨今である8)。有事ばかりか、日本で大地震が起こっても世界の電子産業は大混乱し、玉突きで多くの産業に影響が波及する。半導体メーカーとしてできることは、供給を維持して社会に混乱を起こさせないこと、そのために台湾以外のファウンドリー企業にも並行して製造委託する必要がある。ただし、これはよほど生産量が多いプロダクトでない限り難しい。何をやっても大半はコストアップにつながるので、メーカーとしてできることはあまりない気がする。
政治の出番
だが、有効な手段はある。完成品在庫を多く持つことである。ところがそれは棚卸し資産として課税されるので、造ったものは販売会社に出してしまうのが普通である。半導体ユーザーもなるべく在庫は持ちたくない。結局、カンバン方式といわれる在庫極小化方針が、「何か」あったときに弱みになる。
解決方法は、半導体など国家の戦略資源に対する棚卸し資産課税をしない、または非課税となるストック量を決めて長期にわたって生産が途絶えても産業界が混乱しないようにすることだ。石油の国家備蓄と同様の考えで、半導体やそれに関連する部材の在庫は民間で備蓄していると考えればよい。これは国家強靱(きょうじん)化のための政治的な案件でありこれ以上議論しにくいが、国防に関し目立つ正面装備ばかり言うのでなく間接的な手段についてももっと注目すべきである。
電子情報技術産業協会(JEITA)は、日本の半導体産業の復興が最後のチャンスにあると経済産業省に訴えた9)が、他国に比べて電子産業に対する国の関心が低い。産業振興への国の予算は他国よりケタ違いに少なく、これでは行政システムのデジタル化が恥ずかしいほど遅れているのも推して知るべしである。
後工程は比較的軽い
やや違った観点でリスクマネージする方法を考えてみよう。「チップレット」は現状インテルの仕掛けた戦略で、超ハイエンド製品を効率良く造る手段に見えるが、前回のテクノ大喜利10)で指摘したように、将来チップレット製品のラインアップが増え、これを組み合わせるだけで多様な半導体製品ができるようになる可能性がある。また、税務的対策も得てチップレットの在庫が十分確保できるならば、比較的リスクは軽減する。少々仮定が多過ぎてまだ現実的ではないが、後工程の工場はマレーシアやタイに多くあり、設備も前工程ほど大変ではないから何かあった時への対処はやりやすい。
8)岡田達也、「ウクライナ侵攻が半導体生産に影 原材料不足の懸念」、日本経済新聞、2022年5月19日
9)「日本の半導体「最後で最大のチャンス」 JEITAが戦略提言」、日本経済新聞、2022年5月19日
10)田口眞男、「UCIe活用で日本にも勝機、後工程専業半導体メーカーの登場も」、日経クロステック テクノ大喜利、2022年5月26日