電気・電子の技術は、進化の行き着く先が光技術になることが多い。ストレージメディアも通信のバックボーンも、大容量化が進む中で伝送媒体が電気信号から光信号に移行した。ポストムーアの時代の半導体も、光技術に関連した進化軸が発展の基軸になる可能性は高いのではないか。
10年後を想定し、半導体ユーザーが明確な夢を描き、その実現に向けてまい進できる半導体業界のニューノーマル(新秩序)をテーマに議論しているテクノ大喜利。今回の回答者は立命館アジア太平洋大学の中田行彦氏である。同氏は、半導体の進化をあてにしたAI(人工知能)応用の拡大を持続可能なものにするためには、ムーアの法則が無効化した後の基軸となる可能性がある光電融合技術と量子コンピューターの発展が欠かせないとしている。
⽴命館アジア太平洋⼤学 名誉教授

半導体チップの継続的進化という意味では、これまでの延長線上にある進歩を考えがちだ。しかし、10年以上先を考えるのなら、米ハーバード大学経営大学院教授のクレイトン・クリステンセン氏が「イノベーションのジレンマ」で提案する破壊的技術を考える必要がある。
米Intel(インテル)のゴードン・ムーア氏は、トランジスタの集積数を予測するムーアの法則を提唱し、微細化を基軸とした半導体の進化に貢献してきた。このムーアの法則に沿って継続的進化を遂げるのは持続的技術と考えられる。しかし、ムーアの法則に沿った持続的技術では、AI需要に伴うデータ爆発によって急拡大する電力消費と計算量の難問に答えを出せないだろう。
これらの難問を解くには、破壊的技術が必要と思われる。その候補として注目されるのが、光電融合技術と量子コンピューターである。
まず電力消費の難問について考えたい。これまではムーアの法則に沿った微細化技術の進展が進む中で電力消費の増大も抑えられてきた。しかし、もはやムーアの法則で性能が高まったとしても、消費電力の増大を抑制できなくなってきている。科学技術振興機構の低炭素社会戦略センターが2019年に調査したリポートによると、2030年の世界のIT関連の消費電力は2016年の5000倍にも達するという。金属や半導体の回路に電子を流すと、電気抵抗によってエネルギー損失が発生し、消費電力を大きくしてしまうからだ。
これに対して、光ファイバーのように、光子でデータを伝送するとエネルギー損失は小さく、消費電力を100分の1に削減できる。このアイデアが光電融合技術につながる。しかし、現状の光技術を内部配線に使うのは難しい。この突破口を、NTTは光電融合型の光トランジスタで開いた。光電融合技術の詳細は、質問3に譲ることにする。
もう一つの難問は計算量の急拡大である。図1に示すように、従来のコンピューターでは、解く問題の規模が大きくなるにつれて、指数関数的に計算量が増大。非現実的な時間が必要になってしまう。これに対して量子コンピューターでは、計算量が緩やかに線形増加し、現実的な時間内での計算が可能になる。こうした困難な問題を解く性能を「量子超越」と呼ぶ。
米Google(グーグル)は、量子コンピューターによって「量子超越」を達成したと、2019年10月23日に発表した。乱数をつくる計算問題を用意して検証したところ、最先端のスーパーコンピューターならば解くのに約1万年かかる問題を、量子コンピューターは3分20秒で解くことができたという。Googleが用いた計算問題について、米IBMはスーパーコンピューターでも2日半で解けるとクレームをつけた。2日半を3分20秒に短縮したのもすごいが、IBMがクレームをつけるほど、「量子超越」を達成できたかどうかが、ホットな議論となっている。
GoogleとIBMは、超電導回路を使用し、汎用性の高い「量子ゲート方式」を採用した量子コンピューターを開発している。半導体では、各ビットは“0”か“1”かどちらか一方しか表現できない。しかし、量子コンピューターでは“0”と“1”の重ね合わせができる、つまり2つの状態が同時に表せる、半導体ではなじみのないことが可能になる。この方式を「量子ゲート方式」という。
これよりも簡易であり、組み合わせ最適化という問題に特化した方式を「量子アニーリング方式」という。
AI需要に伴うデータ爆発に対して、消費電力を削減する光電融合技術、計算量の急拡大に対応する量子コンピューターに注目したい。