日本でにわかに盛り上がりを見せている半導体産業の再興だが、世界中の国や地域が同様の目標を掲げている。競合の中で、競争力を醸成・維持し、持続可能な産業構造を構築していく必要があろう。そのためには、いつ、どの分野で、どの企業が中心となって、どのように産業の再興を推し進めていくのか、技術とビジネスのトレンド、さらにはプレーヤーとなる各社の現状に適合した合理的戦略とその実践が欠かせない。もちろん、経済産業省が示す「半導体デジタル戦略」はあるが、実行の主体となる各プレーヤーが意思と意欲を持って取り組める具体的なシナリオを描く必要がある。
10年後を想定し、半導体ユーザーが明確な夢を描き、その実現に向けてまい進できる半導体業界のニューノーマル(新秩序)をテーマに議論しているテクノ大喜利。今回の回答者は東京理科大学大学院の若林秀樹氏である。同氏は、半導体産業を取り巻くトレンドと近未来に求められる技術や提供価値を明確化。日本企業が、半導体産業の再興に向けて狙うべきビジネス領域や技術開発の視点を示唆した。
東京理科大学大学院 経営学研究科技術経営専攻(MOT) 教授

半導体産業が社会の隅々まで注目されつつある今日、先端ロジック製造技術では「Beyond 2nm」、メモリーではMRAM(磁気記録式メモリー)、ロジックチップではFPGA(Field Programmable Gate Array)の進化、パワー関連ではSiC(炭化ケイ素)ウエハーの8インチ(200mm)化、後工程ではチップレットなど、さまざまな開発テーマがある。しかし、これからは縦割りではなく、相互に横串を指す発想でテーマを洞察しなければならない。ノイマン限界、ムーア限界、AI(人工知能)や量子コンピューティングのような新たな情報処理技術の台頭など、技術トレンドも大きな転換点を迎えている。アーキテクチャーでは、これからはノイマン型と非ノイマン型、プロセス技術では、More MooreとMore than Moore、前工程と後工程の融合が進むことだろう。
これまで社会やビジネスが発展していく中で重視された価値は、低コスト、高機能、効率性だった。サプライチェーンの混乱回避やカーボンニュートラル目標の達成の重要度が増している昨今、これからの新たな価値創造は「短TAT(Turn-Around-Time)」と「省エネルギー化」であろう。あらゆる分野で、短TATと低消費電力をKPI(重要業績評価指標)とした開発目標を設定すべきだ。
実際、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」でも、機能や効率性だけでなく、例えば、帯域幅を消費電力で割った数値を重視している。また、データセンターの消費電力を下げるために、DRAMでなく不揮発性メモリーを使うアーキテクチャーの提案もある。チップレットやNTTが提唱するコミュニケーション基盤「IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)」、ディスアグリゲーション(高速・低損失・低消費電力の光技術により、物理/論理構成、制御方式を組み合わせて、データセンターを1つのコンピューターとして再構成する技術)にも、背景にはそうしたパラダイム変化や思想がある。
半導体製造では台湾積体電路製造(TSMC)、EDA(回路自動設計)は米Cadence Design Systems(ケイデンス・デザイン・システムズ)や米Synopsys(シノプシス)の競争力が圧倒的であり、日本企業の存在感は小さい。しかし、このように価値観が変わる今こそが、日本が挽回できる機会ではないか。量産力やコストでは、巨艦のTSMCにかなわなくても、そのTATが3カ月以上にまで伸びきっている今、多少コストが高くとも、短TATの分野なら、それを価値として訴求できる。あるいは、製造時の消費電力が低い、リサイクルに優れた工場でもいい。設計ツールでは、消費電力を重要なパラメーターとしてレイアウト設計を行い、短TATになるようにするのである。
考えてみれば、特急料金と普通料金のように時間を価値として認める料金体系が既に存在する。それなのに、長く伸びきったサプライチェーンと短いサプライチェーンが同様のコストであるのは、その慣習こそが、そもそもの問題ではないのか。QCDといわれるように、品質とコストと納期が重要ではあるが、納期はいわば当然の価値であり、より短い納期に対し、価値を訴求することは少なかった。しかし、工場に1カ月と5カ月のTATの違いがあるとすれば、前者が短TATにかかるコストに見合う価値を訴求できさえすれば、各社の工場や生産体制、サプライチェーンのアーキテクチャーが一気に変わることだろう。
ファウンドリーや製造受託サービス(EMS)でも特急品がある。例えば、OKIのEMSビジネスは、この分野の巨人である台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業(Foxconn)もいる中で、短TAT、高価、少量のEMSで成功している実績がある。関連して、「ミニマルファブ」の多品種少量生産と短TATに関する長年の取り組みがあり、ニーズも開発分野などを中心に存在している。かつて、半導体先端テクノロジーズ(Selete)においても、研究がなされている。課題は値決めなど価値訴求であった。ミニマルファブやSeleteでの研究成果を再考し、工場だけでなく、全体サプライチェーンを、地産地消、自給率も含め最適化した場合の研究と見合う対価を産業界で検討すべきであろう。