前回までは、筆者が横浜市議会で取り組んだ「リノベーションまちづくり」の実例を紹介してきた。基本となる発想は、民間の力を利用して公園や図書館といった公共不動産の魅力を引き出し、地域の活性化などに有効活用しようというものだった。

 公共空間の持つ大きなポンテンシャルを示したのは2000年代のニューヨークだ。これまで述べてきたように、人口減少・高齢化社会に突入する日本社会において、今までのように税金で公園を維持・管理する時代は早晩、限界を迎える。ニューヨークの再生は、この壁を乗り越える手段を示唆してくれる。私は2017年4月にニューヨークを訪れ、現地で調査をしてきた。今回はその経験を踏まえて、ニューヨークがいかにして都市を再生したのかを、お話ししたい。

ニューヨーク視察時の筆者(手前)
ニューヨーク視察時の筆者(手前)

 セントラルパークにタイムズスクエア、ブライアントパークにハイライン、ブルックリンブリッジパーク、マディソンスクエア……。数え上げればキリがないほど、ニューヨークには人々が憩い、集い、かつ公園そのものが収益を上げている事例がある。今となっては思い出すのが難しいほどだが、2000年代初頭までは、いずれの公園も治安が悪く、ニューヨークにとってお荷物といっていい存在だった。

 例えば、ハイライン。かつては精肉工場などで加工された製品を配送するために利用されていた高架鉄道の線路跡を、公園として再生したものだ。今や年間に500万人もの観光客が訪れるニューヨークを代表する名所の1つである。しかし、2009年に公園として転用されるまでは、麻薬や銃の密売、売春の温床で、日中でも近寄るのは危険とされたエリアだった。マンハッタンのど真ん中にあるブライアントパークや、イーストリバーを渡った対岸のブルックリン地区の、かつての港湾用地なども全く同じような状況だった。

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