PR

 2度目のロンドン赴任となった2003〜04年、小栗新氏はもう1つの空港プロジェクト「ヒースロー空港第5ターミナル」に携わる。担当したのは、ターミナルビルと駐車場棟の間をつなぐ5つのブリッジ。多くの関係者の合意を得て進めることが求められる役割だったが、ある会議で、方向性の違う発言に対して反論しないままやり過ごしてしまった。(全3回のうちの第3回)

小栗新氏(写真:鈴木 愛子)
小栗新氏(写真:鈴木 愛子)
[画像のクリックで拡大表示]

 2度目のロンドン赴任で携わったプロジェクトに「ヒースロー空港第5ターミナル」があります。ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)専用のターミナルです。「パートナリング」という調達方式を本格的に導入した、英国で最初のプロジェクトと位置付けられていました。

 パートナリングは、設計に着手する前からプロジェクトの参加メンバーを固め、竣工予定日や総予算、成功の基準などのプロジェクトゴールを共有するものです。このゴールに向けて、発注者や設計者、施工者、専門工事会社などの関係者が一体となって動いていく。誰かを出し抜くことでもうけようという従来からの発想から脱して、参加メンバーが皆で幸せになろうという、ある意味で理想郷のような考え方です。

その場の雰囲気に流されて反論できず…

 第5ターミナルは、中核となるターミナルビルに複数のサテライトが連結する巨大な施設だ。「相互に関連する複数のプロジェクトが構成する、いわゆる『プログラム』だった」と小栗氏。ターミナルビルと駐車場棟との間を出発ロビーレベルで結ぶ5本のランドサイドブリッジ部分のデザインマネジメントを小栗氏は担当した。

 このブリッジは5本とも同じ形体で、技術的な難しさはそれほどありません。苦労したのは、多岐にわたる関係者との調整でした。

ヒースロー空港第5ターミナルのランドサイドブリッジまわり夜景。小栗氏は、アーキテクトや構造・設備エンジニア、ファサードエンジニア、音響専門家のほか、爆発物専門のセキュリティ担当者などで構成されるチームを担当した(写真:David J  Osborn)
ヒースロー空港第5ターミナルのランドサイドブリッジまわり夜景。小栗氏は、アーキテクトや構造・設備エンジニア、ファサードエンジニア、音響専門家のほか、爆発物専門のセキュリティ担当者などで構成されるチームを担当した(写真:David J Osborn)
[画像のクリックで拡大表示]

 ターミナルビルと駐車場棟はそれぞれが独立したプロジェクトで、異なるプロジェクトダイレクターの指揮の下で進んでいきます。ランドサイドブリッジはその2つのプロジェクトを物理的・工程的に関係付けてしまう、小さいけれど厄介な存在と見られていたのです。

 ランドサイドブリッジのチームで設計をまとめつつ、設計の節目ごとに発注者やターミナルビル・駐車場棟の担当者たちに事前に根回しの説明を行ってコメントをもらったうえで、関係者数十人を招く会議を開催して、公式に承認をしてもらうという流れでした。

 ある節目の承認会議で、ターミナルビル側のトップが、それまでランドサイドブリッジのチームが積み上げてきた方向性と異なる内容の発言をしたのです。本来はチームとして「それはだめだ」と反論し、同時に「なぜならば」という理由を示すことで、計画の根幹をなすロジックを関係者全員に理解してもらう好機とすべきでした。

 ところが、その場の雰囲気に気押され、私は発言をせずにやり過ごしてしまった。結局、その会議では所期の目的を達成することができず、チームの士気は最悪なものとなってしまいました。

 会議後、その場にいたアラップの直属の上司から「あなた、あれは何?」と言われました。デザインマネジャーとしてターミナルビル側の発言を放置したことで、それまでチームが積み重ねてきた努力が失われた、それでいいのか、というのです。

 チームを守るために声を挙げるべきでした。自分より若い女性上司から説教を食らい、いろいろと思うところがありました。

 実はその上司はその後、私の知らない間にターミナルビル側の責任者と直談判し、相手を説得してくれていたのです。会議の場では私の出方を見ていたのでしょうね。時間は少しかかったけれど、無事に軌道修正することができました。

 パートナリングの考え方が浸透していたため、業務遂行上は出身会社を意識させられることがほとんどなかったのですが、スタッフの成長という観点で自分がアラップの一員として扱われたことを痛感させられた一件でした。