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 これまで150件以上の住宅を手掛けてきた竹原義二氏だが、実は、最初に建築賞を受賞したのは、「延命湯」という銭湯だった(1984年渡辺節賞)。この延命湯は今も変わらず営業しており、地域のコミュニティーを育み続けている。社会のためになる建築をつくりたいという学生時代の志がかなったのだ。(全3回のうちの第2回)

 独立後、竹原氏は仕事に恵まれたが、住宅ばかりだった。1983年、事務所のスタッフが増えたところで、14作目の「延命湯」という銭湯を設計した。

 当時、石井(修)先生の事務所は大阪市福島区にあって、通勤路にある散髪屋に通っていました。そこで髪を切りながら、近くの長屋の銭湯を建て替えなければいけない、という話をずっと聞かされていた。簡単につくれるものではないので、流して聞いていました。

 独立した後も、1人でできる仕事ではないので、ずっと断っていました。ですが、銭湯の老朽化が厳しく、いよいよどうにもならないということになり、所員も3人に増えていましたから、ようやく引き受けることに。

 延命湯があるのは、福島駅前の長屋が密集している狭い路地の一角です。細い路地で工事車両が入れないから、鉄筋をみんなで運んで、コンクリートも大通りからホースを延ばして流し込みました。長屋は隣家と壁を共有しているところもあるので、既存の建物も、ただ壊せばいいわけではない。ただごとではない仕事だったんです。

 延命湯は、デザインも特徴的だ。どういう設計意図があったのだろうか。

 この銭湯の入浴料は、たったの200円。1円の勝負をしていく商売なんです。お湯を沸かす燃料も、車のエンジンオイルの廃油を再利用しているくらい、経済的なやりくりをしています。だから、客が洗い場で何杯も掛け湯をするようでは、赤字になってしまうんですよ。そのためには、どうしたらいいか。

「延命湯」(1983年)の浴場。曲線の浴槽、タイル張りの内装、潜水艦をモチーフにしたトップライトなどが特徴。右手のガラスブロックの中はサウナ。外には露天風呂もある(写真:絹巻 豊)
「延命湯」(1983年)の浴場。曲線の浴槽、タイル張りの内装、潜水艦をモチーフにしたトップライトなどが特徴。右手のガラスブロックの中はサウナ。外には露天風呂もある(写真:絹巻 豊)
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「延命湯」の外観。大阪市福島区の狭い路地の一角に立っている。外壁は、鉄筋コンクリート造打ち放し(写真:無有建築工房)
「延命湯」の外観。大阪市福島区の狭い路地の一角に立っている。外壁は、鉄筋コンクリート造打ち放し(写真:無有建築工房)
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 浴槽が気持ちよくて、ずーっと入りたくなるようにすればいい。また湯につかりながら、人々が交流するような場所にすればいい。なんでこんな形にするのか、経済的に箱でつくったほうがいいと言う人もいますが、銭湯の経営のことも考えた結果なんです。

 イメージしていたのは潜水艦です。お湯につかりながら、潜水艦で水に潜っているような感覚にしたかった。それと浴槽を曲線にしたり、タイル張りにしているのは、イスラムからの影響です。ちょうどイスラム圏を旅行していたので、その影響を受けました。こだわって、円定規を駆使したり、タイル張りの図面をたくさん描いたりしましたよ(笑)。

 石井先生のところで学んだことも生かされていて、住宅と同じように、この銭湯にも回遊性があるんですよ。浴槽から、サウナに入って、露天風呂に入って、また浴槽に戻れるような動線になっています。

「延命湯」の1階平面図。竹原義二氏による手描き(資料:無有建築工房)
「延命湯」の1階平面図。竹原義二氏による手描き(資料:無有建築工房)
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