「脱藩」。前回取り上げたようなコミュニティ活動への参加をきっかけに退職、転職することを、こう呼ぶことがあります。社外の人々と出会い、情報交換する中で、新たな活動の場を求めて所属組織を離れるケースです。
実際、コミュニティ活動をしていると“脱藩”はしばしば目にします。こうした人材流出・転職のリスクの高まりを懸念して、コミュニティ活動への参加を制限している会社があるという話も聞きます。
私自身、コミュニティ活動を続ける中で、社内外の方から「多田さんのような考え方や行動をする人は、大企業ではなく、独立するかベンチャーのような小さな会社に行ったほうがいい」と言われたことが何度もありました。しかし私は、大学を卒業してすぐ入社した会社で、現在まで働き続けています。この4月で、12年めを迎えました。
これまで常に順風満帆だったかというと、決してそうではありません。正直にいえば、会社を辞めようと思ったことは一度ではありません。また、「この人と一緒に働き続けたい」と思う仲間たちが辞めていくのを、エールを送りながら見送らざるを得ない経験も幾度もしています。
それでも今の会社で働き続けているのはなぜなのか。振り返ると、「マネジメント」が大きなキーワードになっています。
マネジメント層の“真摯さ”で組織に留まった
そもそも、人はなぜ会社を辞めたくなるのでしょうか。その原因は様々ですが、自分自身を振り返り、また周囲の退職者の話を思い出すと、主に以下のような理由が考えられます。いずれも、どの企業でも起こり得る状況でしょう。
- 希望の配属先に配属されなかった、または希望の仕事ができなかった
- 自分の考えを理解してくれる人が周囲に少ない
- 自分が注いでいる労力に対して、得られる反応が少ない
- 自分のやりたいことに集中できない
こうした状況を引き起こす要因の1つが、マネジメントです。「人は会社を去るのではない。上司の元を去るのだ」という格言がありますが、実際に上司などマネジャー層によるマネジメントが原因で会社を辞める人は少なくありません。
私の場合、何度か辞めたいという気持ちが高まった原因の全てがマネジメントに起因しているわけではありません。しかし、自分が今の組織に留まるきっかけを作ってくれたのがマネジメント層の人たちであったことは、間違いありません。
この連載の第1回でも触れましたが、私は自分のキャリアについて真剣に悩み、葛藤してきました。その中で、上司を含めた一部のマネジメント層の方との折り合いがうまくいっていなかったのも事実です。しかしそんなとき、とあるマネジメント層の方が逃げずに私にしっかりと正対してくれました。きちんと話を聞き、思いを正面から受け止めてくれたのです。マネジメントをする立場の人にこんな真摯な態度で向き合ってもらったことで、今の場所で働き続けようという気持ちを持ち続けられたのだと感じています。
ピーター・ドラッカーは、著書『マネジメント』の中で、マネジャーの役割や資質について触れています。その中に、このような一節があります。
「マネジャーとして必要な人を管理する能力、議長役や面接の能力は学ぶことができる。(中略)だがそれだけでは十分ではない。根本的な資質が必要である。それは真摯さである」
私自身は、明示的に与えられた役職としてのマネジャーの立場に立ったことはありません。しかしマネジメントされる側として、マネジャーのポジションに立つ人(マネジメント層)の“真摯さ”が、働く人のモチベーションや組織としての生産性にどれだけ大きな影響を及ぼすのか、身をもって感じています。
個人のキャリアアップを支援するマネジメントを
マネジャーの真摯さは、今後の組織にとってますます重要さを増すはずです。変化の激しい時代を乗り切る上で、これまでとは異なるキャリア観が求められるからです。
日本企業の多くが採用してきた終身雇用制度の中では、従業員のキャリアマネジメントは企業が主導してきました。そして、自社組織の中だけでキャリアが展開される「組織キャリア」と呼ばれるキャリア観が定着していました。これにより従業員個人と組織との相互依存を招き、環境の変化に十分に対応できない状況に陥ってしまっているのが多くの日本企業の現状です。
変化に柔軟かつ継続的に対応するには、1つの企業や職務にとらわれずにキャリアを構築する「バウンダリーレス・キャリア」と呼ばれる考え方が重要になります。移り変わる環境に応じて自らが望む方向へと方向転換し、個人としての心理的成功を目指す「プロティアン・キャリア」への移行も必要です。
これには、働くことに対する個人のモチベーションや意識が変わりつつあることも関係しています。従来は地位や給料といった、誰から見ても客観的に分かる成功(外的キャリア)が重視されがちでした。しかし、仕事そのものから満足を得ること、働く意味ややりがいを感じられること(内的キャリア、個人の心理的成功)も重視されるようになってきています。従来のようにキャリア形成を所属企業に任せきりにするのではなく、働く個人自らも主体的・自律的なキャリア形成を行うことで、変化の激しい時代を乗り切る力をつけていく必要があるのです。
11年間同じ会社で働き続けている私も、「組織の中から外に出るためのドアの取っ手を、自らの意思と力でいつでも握れるようにしておく必要がある」という意識を持っています。これは、辞めるための準備をしているということではありません。組織の外でも認められるだけの能力、言い換えれば「エンプロイアビリティ」を持っていれば、組織の中でも必ず役に立つことができる。自らの意思でどこにでも行けるだけの力を身に着けておくことは、自分にとっても、現在所属している組織にとっても有効的に働くと考えているのです。
こうしたエンプロイアビリティの高い従業員を育て、生かせる組織やマネジャーに求められるのは、個人のキャリア形成を支援する姿勢ではないでしょうか。マネジャーが部下や従業員に対して真摯に向き合い、その人の思いや希望をしっかりと受け止める。そして、本人が望むスキルアップやキャリアアップも支援し、エンプロイアビリティを高める。その上で個々人の強みを引き出し、弱みを最小にする組織を創り出すことが、結果として組織としてのパフォーマンスを向上させ、成果を生み出すことにつながるのではないでしょうか。
少なくとも私は、このような“真摯さ”をもつマネジメントのもとで、個人としての成長も果たしながら、組織の一員として、また社会に対しても貢献し続けていくことが理想的であると考えています。
キャリアコンサルタント
