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Q.ITエンジニアです。当社は、新人事制度として「ジョブ型雇用」を導入する予定です。説明資料にはジョブ型雇用、ジョブ(職務)定義書、職務給といった言葉が並んでいます。その職務の仕事を遂行できない、あるいはジョブそのものがなくなると、クビ(解雇)になるのかと不安です。エンジニアの職務の違いは曖昧で、ジョブ型雇用の意味がよく分かりません。

 ジョブ型雇用は、職務に人をひも付けて雇います。雇った後で、適性を考慮しながら職務や職種を考えるものではありません。

 キャリア重視の契約社員を雇うときをイメージすると分かりやすいです。限定した職種や職務内容、求める成果や業績を提示して、給与額を含めて合意のうえで雇用契約書を交わします。

 一方で、正社員のエンジニアはジョブ型のイメージを持ちづらいかもしれません。入社してから経験に応じて、エンジニアという職種の中で、職務変更があるからです。例えば、設計主体のエンジニア、テクニカルやネットワーク支援のエンジニア、プロジェクトマネジメント職への職務変更です。

 質問者への回答としては、ジョブ型雇用によって職務給制度に変わるのだという理解でよいでしょう。これは人ではなく、職務と給与をひも付ける賃金制度です。年齢や勤続年数といった属人的な給与体系ではありません。年齢や勤続年数に加え、企業への貢献度によるブラックボックス的な加給調整はなくなります。

 日本の雇用形態の代表例である年功型賃金からの脱却と捉えられます。このまま高年齢の従業員が増えると、自然に年功型賃金は崩れていくのではないでしょうか。職務給への転換は理にかなっていると思います。

合理的理由がなければ解雇されない

 厳密な意味でのジョブ型雇用では、職種や職務は「限定職」になります。企業は、本人の同意なく簡単に職種や職務を変更できません。

 一方、IT企業の就業規則には「異動を命ずることがある」「異動は正当な理由がない限り拒むことができない」「異動には配置転換・職務や職種変更がある」といったことが書かれているのではないでしょうか。つまり、職務は変わり得る想定での「日本版の雇用形態」だということです。

 完全なジョブ型雇用なのに、後に社員がその職務に就くことを拒否した、労務の提供をできる能力が一切なかった、あるいは対象の職務がなくなったというようなときは、雇用終了となる可能性はあります。雇い止めのハードルは高いですが、企業にとっては最低でも雇用契約書で明記されていることが必要です。

 プロドライバーの職務を例に取ると一目瞭然です。ドライバーとして雇われた職種・職務限定の社員が、運転免許を取り消されて仕事ができなくなったときは、解雇や退職勧奨もあり得ます。プロドライバーや薬剤師、看護師のように職業免許によって職務を限定した採用は、昔からジョブ型雇用だったといえます。

 ITエンジニアの場合はどうでしょうか。例えば、SEとして採用されたAさんがいます。Aさんは、やがてプロジェクトマネジャーに昇格しました。Aさんにひも付いていた職務定義書(職務記述書)と職務給は当然、プロジェクトマネジメント用のものが適用されます(職務を定義したアウトプットを職務定義書や職務記述書と表現している企業が多いです)。

 この職務定義書に見合う職務を遂行できていない、その能力がないとしてAさんを解雇することはできません。企業は職務変更や配置転換、降格降給も含めて雇用を維持する努力が必要です。この場合、昇格でAさんの職務を変更した企業にも責任があります。

 そもそも日本では、企業に解雇の自由を認めていません。採用の自由はあっても、解雇の自由はないのです。解雇権を濫用(らんよう)できないように法令面から制限されています。労働契約法16条で「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」とあります。いわゆる解雇権濫用法理のことです。

 社会的に認められるような合理的理由がない限り、簡単に解雇できません。合理的理由とは、例えばIT業界でいえば「重大な服務規律違反をしたエンジニアを解雇する」「勤務不良が著しいエンジニアを解雇する」「経営不振で、ある職務に関するITサービス事業の売却や撤退を余儀なくされて人員削減(整理解雇)をする」というような場合です。

 質問者がいうエンジニアの「職務の仕事がなくなる」は、上述の人員削減(整理解雇)レベルで起こる全社的なもので、質問者に向けられる個人的な話ではないと思います。