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自由と自己責任の中で育まれる米国のIT医療

 今回の取材を通じ、医療機器認証におけるハードルという視点だけでなく、医療全般における日米の構造的な違いにも目を向ける必要があると感じた。日本のような国民皆保険制度がない米国では、多くの市民は民間の保険会社と契約する。聞けば、保険料が高く、被保険者に様々な制約が課せられているという。

 保険の種別によっては、まず主治医による診療が要求され、そこからの紹介がなければ専門医に診てもらえないばかりか、主治医を飛び越えると保険も適用されない仕組みにもなっているという。日本のように、どの医療機関に駆け込んでも無条件で保険が適用される、というわけではない。

 そのような状況において、米国では医療においても個々の自由が尊ばれ、自己責任を追及してきた歴史がある。患者自身も、健康や病状の管理に役立つIT系ヘルスケア製品があれば、主治医のアドバイスを受けながら積極的に導入する。医師の側もそのような先進的なデバイスをフル活用して患者の囲い込みを図る。

 Apple Watchの心電図機能に限らず、米国ではスタートアップから大企業までもがIT活用の医療分野に参入し、様々なヘルスケア製品を世に送り出している。アップルも「HealthKit」といったフレームワークを用意してサードパーティーの参入を後押しする。医療分野も市場メカニズムで回っており「お金がすべてという側面もある」(前出のアナリスト)という。

 市場メカニズムが働くのであれば、先進的な医療技術開発へのインセンティブが働き、そこに投資が集まって新技術・新サービスの開発にドライブがかかる。近年、医療スタートアップに対する巨額マネーの流入が加速している。お金の出所はいわゆるGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon.com)をはじめとするITの巨人たちだ。

 医療費抑制をもくろむ行政も民間主導のIT医療体制を積極的に整えようとする。米食品医薬品局(FDA)は、SaMD(Software as a Medical Device)といった「医療機器としてのソフトウエアの在り方」に関するガイドラインを公開し、スタートアップから大企業までがITを活用した医療機器やソフトウエアを育める土壌を用意している。

米国で医療機器として認可を受けているのは、ハードウエアとしてのApple Watchではなく、心電図アプリのほうだ
米国で医療機器として認可を受けているのは、ハードウエアとしてのApple Watchではなく、心電図アプリのほうだ
(筆者撮影)
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 ちなみに、Apple Watchの心電図アプリは、SaMDの枠組みの中でFDAの認可を受けている。医療機器として認可を受けているのは、ハードウエアとしてのApple Watchではなく、心電図アプリなのだ。FDA自身もこのような先進的な取り組みに対し前向きの姿勢を示す。

日本の医療大手とタッグを組むのはどうか

 一方の日本の医療はどうか。薬機法において「ソフトウエア」に対する医療機器認証の仕組みは存在する。例えば、アルムの医療関係者向けコミュニケーションアプリ「Join」が認証されている。

 ただ、一般ユーザー向けではなく、医療従事者向けのアプリであり、当初から日本の医療体制の中に組み込むことを目的に設計・構築されている。つまり、日本における医療機器としてのソフトウエアは、病院向けのソリューション提供に主眼が置かれているわけだ。そうでないと、保険の適用も難しく利益も追求できないのかもしれない。

 強固な建造物のような日本の医療制度でApple Watchの心電図機能が医療機器認証を取得するためには、あまりにも頑強で高い壁が存在する。その中で、ビジネスとしての合理性を見いだしにくいことは、ご理解いただけたであろう。

 いちるの望みがあるとすれば、Apple Payと同じやり方だ。アップルは、Apple Payの日本導入に当たり、Suicaに対応させるためJR東日本と共同で開発を行ったという。つまり、心電図についても日本の医療大手とタッグを組むことができれば導入は可能だろう。

 ただ、そこで脳内に再度降りてくるのが、冒頭で紹介した知人の「アップル自身にその気なし」という言葉だ。確かに、iPhoneで交通系ICカードが使えることに比べ、Apple Watchで心電図機能が利用できることの圧倒的な需要差を考えたら、望みも一瞬にして吹き飛んでしまう。なんとも残念な結論に行き着いてしまった今回の取材であった。

■変更履歴
3ページ目の第8段落で、アプリに関する記述に誤りがありました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2019/2/14 18:00]
山崎 潤一郎(やまさき じゅんいちろう)
ITジャーナリスト
音楽制作業を営む傍らIT分野のジャーナリストとしても活動。音楽制作業では、クラシック音楽やワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。ITジャーナリストとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブなどから著書多数。鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。