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車のための空間を人中心の空間に再編成する

 そもそも、改修前の駅前広場と行幸通りはどのような空間だったのか。東京駅周辺の街づくりに深く関わってきた三菱地所の開発推進部の遊佐謙太郎シニア上席統括は、次のように説明する。

 「主に自動車交通のために利用されてきた改修前の駅前広場は、いわば車のための空間だった。弓形の道路が駅前広場を分断していたが、これはかつての都電の路線がそのまま道路として残ったもの。また、大正期に整備された幅員40間(約73m)の行幸通りは、モータリゼーションの波が押し寄せた戦後のある時期は駐車場として活用されていたようだ。その後、1960年には、当時の駐車場不足を背景に、行幸通りの一部の地下空間に丸の内駐車場が整備された」。

2004年に撮影した改修前の駅前広場。昔の都電の路線跡が弓形の道路として残り、駅前広場を分断していた(写真:東京都)
2004年に撮影した改修前の駅前広場。昔の都電の路線跡が弓形の道路として残り、駅前広場を分断していた(写真:東京都)
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 行幸通りの中央部分を占める馬車道は、外国大使の信任状奉呈式といった皇室の公式行事などでリムジンや馬車が通る道として使われる以外、普段は活用されずにいた。

改修前の行幸通り。アスファルト舗装で、普段は活用されずにいた(写真:東京都)
改修前の行幸通り。アスファルト舗装で、普段は活用されずにいた(写真:東京都)
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 「行幸通りから東京駅方向を見ると、丸ビルと新丸ビルに挟まれた、赤レンガ駅舎の姿が見える。常々、とてもいい空間だと感じていた。この周辺では再開発が進んでおり、就業人口も増えている。駅前広場と行幸通りが人中心の空間として再整備されたことで、眺めが良く、多くの人々が憩うことのできる、いい空間が創出されたと思っている」(遊佐シニア上席統括)。

 行幸通りには、もともと4列植栽のイチョウ並木が整備されていたが、1960年に行幸通りの地下に駐車場が整備されたことで、一部を伐採。丸の内区間の4列植栽のイチョウ並木は2列植栽になった。今回の改修整備で再び、4列植栽に整備されている。また、行幸通りの丸の内区間の地下1、2階にあった駐車場のうち、地下1階部分は2007年に三菱地所が歩行者通路に改修。「行幸地下ギャラリー」としてオープンしている。

東京駅丸の内駅前広場の平面図。交通広場の事業主体である東京都は、JR東日本に整備を委託。同社が中央広場と一体的に整備した。JR東日本の資料を基に日経コンストラクションが作成(写真:JR東日本)
東京駅丸の内駅前広場の平面図。交通広場の事業主体である東京都は、JR東日本に整備を委託。同社が中央広場と一体的に整備した。JR東日本の資料を基に日経コンストラクションが作成(写真:JR東日本)
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行幸通り平面図・断面図。東京都の資料を基に日経コンストラクションが作成
行幸通り平面図・断面図。東京都の資料を基に日経コンストラクションが作成
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