築地から東京・江東に移転した豊洲市場に隣接する集客施設「千客万来(せんきゃくばんらい)施設」の建設がようやく着工した。事業者は、万葉倶楽部(神奈川県小田原市)。2023年9月に完成の見通しだ。
まずは、日経クロステックが万葉倶楽部から入手した資料を基に、「千客万来施設(6街区)新築工事」の詳細を伝える。21年10月の着工までにプランは何度も変更され、計画初期のものと比べるとフロア数などが縮小している。新型コロナウイルス禍によるインバウンドの大幅減の影響が最も大きい。
千客万来施設の敷地は豊洲市場がある豊洲6丁目の一角で、環状2号線沿いにある。最寄り駅は、東京臨海新交通臨海線(ゆりかもめ)の「市場前」。駅から北西の方向に向かって、細長く延びる敷地である。市場前駅を挟んで斜め向かいに位置する5街区の角には、千客万来施設の立体駐車場施設を別に建てる。
千客万来施設のコンセプトは「豊洲江戸前市場(いちば)」である。江戸の街並みを模した飲食街や物販店が入る低層の「商業棟」と、温浴施設やホテルができる「温浴棟」で構成。江戸っ子が大好きだったといわれる銭湯や魚料理、見せ物小屋、花火といったコンテンツを用意する。既に商業棟のテナント募集が始まっている。万葉倶楽部は、年間の見込み客数を商業棟で約200万人、温浴棟で約60万人としている。
建物の規模は地下1階・地上9階建てで、高さは約43.8m。構造は鉄骨造、鉄骨鉄筋コンクリート造、木造。耐火建築物とする。江戸の街並みを再現する3層の商業棟は2~3階部分が木造になる予定で、瓦屋根を架ける。木造で瓦屋根の大規模商業施設は珍しい。
敷地面積は約1万840m2、建築面積は約7433m2、延べ面積は約3万3813m2。設計は万葉倶楽部と五洋建設、シェルターが担い、施工は五洋建設が担当する。木造部分の耐火被覆部材には、シェルターが開発した「COOL WOOD(クールウッド)」を使う。
竣工時期が見えてきたが、ここに至るまでには紆余曲折(うよきょくせつ)があった。東京都から16年に事業者に選ばれた万葉倶楽部は千客万来施設の設計期間中、都の計画変更や東京五輪前の建設ラッシュに伴うコスト上昇、さらに新型コロナウイルスの感染拡大と五輪の開催延期に翻弄されてきた。万葉倶楽部の高橋眞己専務取締役は「プロジェクトの中断や規模の縮小を余儀なくされ、設計の見直しを繰り返してきた」と打ち明ける。
中でも小池百合子東京都知事が17年に、「築地市場跡地を食のテーマパークにしたい」と発言したことが大きな波紋を呼び、千客万来施設と競合しかねないと万葉倶楽部が反発した。このときに計画は一旦中断したものの、小池都知事が謝罪し、18年に再スタートを切った。
そして21年夏、1年延期された東京五輪の開催時期と着工のタイミングが重なった。選手村や五輪会場に近い千客万来施設の計画地には五輪期間の前後4カ月は保安上の都合で、工事現場にトラックが入れなかった。着工できたのは21年10月。当初計画では千客万来施設の竣工を東京五輪前の19年夏に予定していたが、23年9月へ約4年もずれ込む結果となった。
18年の豊洲市場開業から数えると約5年遅れの集客施設完成予定に、地元の江東区はいら立ちを隠さず、都に1日も早い開業を迫ってきた。万葉倶楽部も施工者と協議を重ね、もともと厳しかった施工期間を土壇場でさらに1カ月縮めて、完成を23年9月とした。「建設工程の見直しで何とか1カ月前倒しにできたが、もう限界に近い。これ以上工期を短くすると、品質低下につながりかねない」(万葉倶楽部業務推進本部開発企画の木下克彦部長)
コロナ禍前はインバウンド需要が高まり、築地市場の見学ツアーなどに観光客が集まっていた。そのため千客万来施設にも同等の集客力が期待された。だが、豊洲市場が動き出しても、千客万来施設はいつまでたっても工事が始まらない。しかし、仮にコロナ禍に開業していたら、開店休業状態が続いていたかもしれない。事業者である万葉倶楽部にとっては、多少幸運だった面もある。