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 日本財団が2020年から推進しているプロジェクト「THE TOKYO TOILET(ザ・トウキョウ・トイレット)」が、22年では最初になる新しい公共トイレを公開した。同年7月22日、東京都渋谷区広尾4丁目に「広尾東公園トイレ」が完成し、同日午後に供用を開始した。

東京都渋谷区広尾4丁目で供用を開始した「広尾東公園トイレ」(写真:日経クロステック)
東京都渋谷区広尾4丁目で供用を開始した「広尾東公園トイレ」(写真:日経クロステック)
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 広尾東公園トイレは、THE TOKYO TOILETにおける13カ所目の公共トイレである。設置場所は、東京メトロ広尾駅からすぐの坂道の途中に位置する「広尾東公園」の中だ(住所は広尾4-2-27)。

 デザインしたのは、CMやグラフィック広告などを手掛けるWHITE DESIGN(東京・港)のアートディレクター/クリエーティブディレクターである後(うしろ)智仁代表取締役。約1年ぶりに登場したTHE TOKYO TOILETの新しい公共トイレはこれまた、他の建築家やデザイナーがデザインしたトイレとは異なるユニークな建物になっている。トイレの設計・施工は、大和ハウス工業が担当した。

広尾東公園トイレをデザインしたWHITE DESIGNのアートディレクター/クリエーティブディレクターである後智仁代表取締役。ユニクロの仕事などを手掛けている。THE TOKYO TOILETには、プロジェクトが本格始動する前のコンセプトづくりから参画してきた(写真:日経クロステック)
広尾東公園トイレをデザインしたWHITE DESIGNのアートディレクター/クリエーティブディレクターである後智仁代表取締役。ユニクロの仕事などを手掛けている。THE TOKYO TOILETには、プロジェクトが本格始動する前のコンセプトづくりから参画してきた(写真:日経クロステック)
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 目を引くのが、トイレの裏側にある大きなディスプレーのような白い壁だ。ガラスで覆われた壁は、複数の緑色の光がついたり消えたりして模様をつくり出す。これはいったい何なのか。

 トイレの正面に回ってみると、ユニバーサルトイレブースが2つある普通の公共トイレにしか見えない。建物の表と裏で全く違う表情を見せているのが、最大の特徴といえる。

 ここでは分かりやすく表裏と表現したが、どちらが表でどちらが裏かは人によって捉え方が異なるだろう。両面とも表といえるし、先に見えたほうが表なのかもしれない。建物の表裏を感じさせない2つの顔を持つ遊び心がある公共トイレだ。

ユニバーサルトイレブースが2つ並ぶ。どちらも室内の面積は6.185m<sup>2</sup>と、ゆとりがある。片方がオストメイト対応設備があるブースで、もう片方がベビーベッドを備えるブース。それ以外は同じつくりだ(写真:日経クロステック)
ユニバーサルトイレブースが2つ並ぶ。どちらも室内の面積は6.185m2と、ゆとりがある。片方がオストメイト対応設備があるブースで、もう片方がベビーベッドを備えるブース。それ以外は同じつくりだ(写真:日経クロステック)
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大便器と小便器を向かい合うように配置した。小便器側は鏡張りで、大便器に座ると自分の姿が鏡に映る。室内がより広く感じられる(写真:日経クロステック)
大便器と小便器を向かい合うように配置した。小便器側は鏡張りで、大便器に座ると自分の姿が鏡に映る。室内がより広く感じられる(写真:日経クロステック)
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広尾東公園トイレの平面図(資料:大和ハウス工業)
広尾東公園トイレの平面図(資料:大和ハウス工業)
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広尾東公園トイレの断面図(資料:大和ハウス工業)
広尾東公園トイレの断面図(資料:大和ハウス工業)
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建物の側面。裏側のガラス部分が建物の大きなボリュームを占めているのが分かる(写真:日経クロステック)
建物の側面。裏側のガラス部分が建物の大きなボリュームを占めているのが分かる(写真:日経クロステック)
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 後氏が考えたのは、「公園に新しいパブリックアートのようなモニュメントが置かれた。近寄ってみたらトイレの機能があり、用も足せる」。そんな公共トイレの在り方だ。後氏が名付けたタイトルは「Monumentum(モニュメンタム)」である。

 裏側の大きな壁は、液晶かLEDのディスプレーのように見えるかもしれない。しかし近づくと、違うと分かる。壁の表面は実は、白い布で覆われている。ガラス越しには確認できないが、布の奥は格子状になっており、合計768台の小さな照明が16×48の配列で整然と並んでいるのだという。

建物裏側のガラスウオールと内壁の施工の様子(写真:大和ハウス工業)
建物裏側のガラスウオールと内壁の施工の様子(写真:大和ハウス工業)
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白い壁の奥は格子状になっていて、照明器具が768台並んでいる(写真:大和ハウス工業)
白い壁の奥は格子状になっていて、照明器具が768台並んでいる(写真:大和ハウス工業)
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 照明器具はネットに接続されており、ランダムに生成されるON/OFFの信号を受け取っている。個々の照明がゆっくりと点灯と消灯を繰り返し、白い壁には数分ごとに異なる緑色の模様が浮かび上がる仕掛けになっている。

 ライティングパターンは、実に79億通りもある。その数は、世界の人口に照らした数字だ。

 全ての照明が消えて壁が真っ白になる瞬間から、全てが点灯して全面緑色になるときまで、全パターンが出現するのに丸10年の時間がかかる計算になる。普通に考えれば、毎日公園に通ったとしても同じパターンを2度見ることはない。

 さらに昼夜の表情も異なる。夜は壁が暗くなり、個々の照明はランダムに白く点灯する。まるで新しくできた小さな店舗のショーウインドーか、巨大なデジタルサイネージのようだ。公園は夜になるとかなり暗くなるので、光る壁は街灯代わりになって防犯にも役立つ。

夜の広尾東公園トイレ。光は白色に変わる(写真:日経クロステック)
夜の広尾東公園トイレ。光は白色に変わる(写真:日経クロステック)
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 ただし、公共トイレなので、「広告のような画像や模様は映せない。緑色の光の点滅が、公園の緑と調和して見えるくらいにした。この壁は何なのか、解釈は人それぞれでよく、中にはパブリックアートと呼ぶ人もいるだろう」。そう言って、後氏は笑う。夜に見ると特に、公園内に突如出現したデジタルアートのように思える。

 公共建築物の壁に絵を描くといったことは、昔から行われている。だが一番大きな壁に、常に変化するデジタルアートのような模様をランダムに表示し続ける試みは少ない。公共トイレではかなり珍しいだろう。公園で遊ぶ子どもたちは、ガラスで覆われた白い壁を大きなテレビや映画館のスクリーンと思うかもしれない。大きなガラスが作品を閉じ込めたような雰囲気を醸し出している。

 デジタル機器は一般に、水に弱い。白い壁の前には開閉できないガラスウオールを立て、さらに壁をガラスから数十センチ離している。ガラスにはなるべく雨水がかからないように、薄い鉄板屋根から庇(ひさし)を延ばし、雨水は建物の横壁方向に流れるように勾配を付けている。

 公共トイレをパブリックアートのように見せるため、トイレの機能が貧弱になっては元も子もない。この場所には以前、古い公共トイレが立っており、「大便器と小便器が2つずつあった。少なくとも、その数が減って利便性が悪くなることは避けた」(後氏)。

 トイレの入り口を隠すような仕切り壁は立てていない。「トイレの目隠しをするよりも、車椅子やベビーカーで簡単に入れるつくりを優先した」(同)