日本財団が2020年から推進しているプロジェクト「THE TOKYO TOILET(ザ・トウキョウ・トイレット)」は、東京・渋谷の公共トイレを合計17カ所、建て替えるものだ。著名な建築家やデザイナーが参加しており、供用開始のたびに話題になってきた。
2023年3月に、最後の2カ所が完成する予定だ。その1つとして同月10日、笹塚1丁目で「笹塚緑道公衆トイレ」が供用を開始した。デザインしたのは、日本トイレ協会の会長で、設計事務所ゴンドラ(東京・文京)の代表を務める小林純子氏だ。小林氏はこれまでに約250件もの公共トイレプロジェクトに関わってきた実績がある。まさに日本の公共トイレ設計の第一人者だ。
国内のトイレ業界でその名を知られる小林氏に割り当てられた敷地は、非常に難易度が高い場所だった。京王線笹塚駅の改札口を出てすぐの駅前トイレともいえる立地でありながら、真上を京王線の電車が走る高架下の変形地だ(住所は渋谷区笹塚1-29)。
高架の橋脚が1本、敷地に食い込むように立っている。そんないびつな場所に、小林氏は建物をうまく分割して公共トイレを設けた。建物正面に広さが6.6m2のユニバーサルブース、左に約18m2の男子トイレ、右に同じく約18m2の女子トイレがある。
それらとは別に円筒形をした、2つの独立したこどもトイレを、女子トイレの手前に設けた。奇をてらった点がなく、通路も広いので使い勝手はいいだろう。
ただし、賛否両論ありそうなのは建物の外観である。金属がさびた茶色のパネルで外壁ができている。溶接の跡もそのままだ。一般の通行人からすると、このトイレは「さびだらけ」で新築に見えないのではないか。
よく言えば、「昔からこの場所にあったかのように街に溶け込んだ公共トイレ」となるが、悪く言えば、「せっかく建て替えたのに古く見えるトイレ」となりそうだ。
今回、小林氏が採用した建物は総重量が軽く、しかも丈夫な耐候性鋼板パネル構造を採用している。耐候性鋼板とはさびさせた鋼板のことで、さびの膜で耐候性が増す素材だ。「さびでさびから建物を守る」という特性を持つ耐候性鋼板は、長持ちしやすい。
塗装などの仕上げをせず、金属の素材感をそのまま出せるのも特徴だ。現在はさびた茶色をしているが、時間の経過とともに黒ずんでいく。汚れは目立ちにくくなる。
小林氏は「公共トイレは街の宝として、地元で長く愛されてほしい。そこで老朽化しにくい耐候性鋼板を外壁に選んだ。溶接も現場で行い、その跡まで素材の風合いとして残している」。
耐候性鋼板は、玄人好みの素材であるといえる。説明されると良さは分かるが、何も知らずに通りかかった人がどう感じるかは分からない。
一つ言えることは、1980年代から公共トイレに関わってきた小林氏は完成直後の美しさではなく、何十年も先を見据えて使い続けられる公共トイレを設計している。それには、腐食や汚れなどに強い素材を選ぶのは妥当だ。
外観で唯一、目立つ色使いをしているのが黄色い楕円形の大ひさしである。トイレ上部と高架天井の間に浮かせるように取り付けた。大ひさしはアプローチの日よけや雨よけになっている。