テナントビルでZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)を実現した「岩手地所北上駅前ビル」。寒冷地ならではの技術的な工夫はもちろんだが、ZEBを不動産事業として成立させる苦労もあったようだ。前編に続き、関係者にプロジェクトを解説してもらう。
「岩手地所北上駅前ビル」(岩手県北上市)はZEB Readyのテナントビルですね。どういう経緯でZEBを目指したのでしょうか。
小原与一氏(岩手地所総務部長) 入居テナントの負担を軽減する意味でも、不動産事業として省エネの視点は欠かせません。所有する既存ビルでは、照明の発光ダイオード(LED)化や高効率エアコンへの取り換えといった省エネ改修をしてきました。
また2年前の夏に三菱電機グループが開催したZEB関連のセミナーに参加し、ZEBが不動産の価値を高めるなどの話を聞きました。ZEBについては今なら補助金も得られます。まずは1回新築ビルで取り組んでみようと考えました。
ZEBであることが、テナントビルの訴求につながっていますか。
小原 ウェブサイトでZEBに関する情報をアピールしています。とはいえ現状ではZEBという言葉自体がまだ広く知られていないので、ZEBだからと反応してくる企業はほとんどありません。ZEBの建物が持つ快適性などのメリットを説明して納得してもらうという状況です。
ZEB化によってランニングコストを削減できますが、工事費は高くなります。その分はテナントの賃料に反映していますか。
小原 賃料は近隣の相場と同等に設定しており、初期の工事費が高くなる分、投資の回収年数は通常のビルと比べて若干長くなります。しかし建物内の快適性が向上することは、後々テナント企業からの高い評価に結び付くはずです。その結果、テナントの入居期間が延び、空室率が低下することは事業上有効だと捉えています。
屋上に設置した太陽光発電による自家消費分の電力もあります。具体的な数値は示していませんが、入居テナントにとっては光熱費が安くなるメリットもあります。
ZEB化に向けた計画はどう進めたのでしょうか。
小原 岩手県内では初のZEBとなります。寒冷地で外皮性能をかなり高くする必要があるため、設計を依頼する際に「住宅並みの性能を」と伝えました。当初は三菱電機にオブザーバー役を務めてもらい、実際の作業では設計者の久慈設計(盛岡市)がZEBプランナーの役割を担っています。
志田文子氏(久慈設計執行役員設備設計部部長) 今回は、環境省の「ZEB実現に向けた先進的省エネルギー建築物実証事業」の補助金を活用しました。
補助金の申請に当たっては、BELS(建築物省エネルギー性能表示制度)の評価書を取得する必要があります。実際の工事で申請内容からの変更が生じるとその後の手続きが煩雑になるので原則、設計内容は変えることができません。補助金を利用すると、3年間の報告義務もあります。
学校や福祉施設など使い方が限定されている施設の場合は途中で設計内容が変わることも少ないため、計画や申請を進めやすいと思います。それに対してテナントビルは、設計時に未確定な内容が多いのが難しいところです。テナントビルの前例も少なく、補助金の申請手続きは手探りで進めていきました。
今回は、早めに入居テナントを決めていただき、各社の要望を聞き取りながら設計に反映する方式を採りました。建築主の協力がなければ難しかったでしょう。
小原 テナントを募集する際にも、事務所から店舗への用途変更ができないなど制約が増えます。実は計画の途中で1フロア全体に入居する予定だった企業がキャンセルしました。その後は、設計内容を変えずに1フロア全体に入居してもらう前提で再募集をかけています。