マグネシウム(Mg)合金は魅力と課題を併せ持つ。実用金属の中で最も軽い上に、比強度や比剛性が高いため、製品に採用すれば大幅な軽量化が見込める素材だ。しかし、製品に採用するには幾つかの課題を乗り越えなければならない。その1つが耐熱性の低さである。
Mg合金の高温クリープを回避する
Mg合金は一般に、120℃以上の高温になると、形状が変わって戻らなくなるクリープ(高温クリープ)を発生させる可能性がある。高温クリープとは、高温環境下で一定の応力が加わった状態にある材料(ここではMg合金)が、時間とともに塑性変形する現象のことだ。高温クリープが問題なのは、製品のトラブルや破損などにつながる危険性があるからである。
高温クリープで注意を要するのは、Mg合金製部品をねじなどで他の部品に締結した場合だ。ここで、締結部の温度が120℃以上になると、ねじの締め付け力(軸力)を受けている締結部がクリープによって押しつぶされるように変形する。すると、ねじの締め付けトルクが小さくなり、ねじが緩んでしまう。
液体を入れる部品に使った場合は、部品間に隙間が生じて液体が漏れる危険性がある。例えば、自動車のパワートレーン部分でオイルが漏れれば、火災発生の恐れが生じる。ねじが緩んだまま振動が加われば、部品が脱落して製品の機能が失われる危険性もある。
耐熱性を高めたダイカスト用Mg合金(以下、耐熱Mg合金)もある。例えば、希土類(レアアース)であるランタン(La)とセリウム(Ce)を3~4質量%添加した耐熱Mg合金や、Caを1~3質量%含有した耐熱Mg合金がある。だが、共に弱点も抱えている。前者はリサイクル(再利用)性に劣る。レアアースは活性が高くて酸化物を作りやすいため、再溶解できないからだ。その結果、鋳造時に生じる端材を再利用できずに廃棄せざるを得ず、歩留まりが下がってコストが高くなる。一方、後者は加工性に劣る。Caの添加量を増やすほど耐熱性が高まるが、添加量が3質量%以上になると鋳造しにくくなる。鋳造時に割れが生じやすくなる。
3拍子揃った理想的な耐熱Mg合金を開発
耐熱性を備えつつ、リサイクルができて、加工性も落ちない──。そうした理想的なダイカスト用耐熱Mg合金を共同開発したのが、住友電気工業と富山大学だ(図1)。技術的なポイントは、レアアースを使わない「レアアースフリー」である点。すなわちLaもCeも使用せず、かつCaに代わる新たな添加元素を見いだした。その元素は、ストロンチウム(Sr)である。Srの添加は鋳造性が高まると考えられていたものの、耐熱性の効果があるとは知られていなかったという。
新しい耐熱Mg合金は、このSrを数質量%オーダーで添加し、Caの添加量を1質量%以下に抑えた。レアアースは含んでいない。150~200℃での耐熱性、すなわち高温クリープに強く、引っ張り強さに優れる。鋳造時や再溶解時の組成変動が小さいため、リサイクルも可能。加えて、Caの添加量が小さいため、割れが生じにくい。
耐熱性を検証するために、同社は高温でボルト締結した評価試験を行っている。具体的には、新しい耐熱Mg合金にボルトを締結し、150℃の環境下に200~300℃置いた後、室温に戻したときの残留軸力(初期の軸力に対する軸力の割合)を調べた。
その結果、新しい耐熱Mg合金の残留軸力は60~70%と、耐熱Mg合金の中でも耐熱性の高いと評価されているAE44の60%程度を越えた。AE44はレアアースを添加し、Alを4質量%含有する耐熱Mg合金である。
耐熱性が特に優れるMg合金ACM522と比べると、新しい耐熱Mg合金は残留軸力でやや劣る。だが、ACM522はCaを含むため、割れやすい。同社は鋳物1個当たりの割れ評価指数を、小さな割れを1点、大きな割れを3点として定量化している。それによれば、新しい耐熱Mg合金の割れ評価指数は1.0を下回るが、ACM522のそれは10程度と大きい。
住友電気工業が実用化を狙うのは、上限が150℃程度の耐熱性を要する比較的大物の部品。アルミニウム(Al)ダイカストADC12製部品の置き換えを狙う。具体的には、自動車のトランスミッションケースやオイルパン、ロッカーカバーなどのエンジン周辺にあるAl合金製部品である。