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 理化学研究所、日本IBM東京基礎研究所、中国マイクロソフト リサーチ アジア(Microsoft Reseach Asia)…。最先端で活躍する人工知能(AI)研究者が、著名な研究機関を後にして移籍するベンチャー企業が日本にもある。自動運転技術の開発を進めるアセントロボティクスだ。社員数が現在34人の同社は、2018年末までに現在の2~3倍の体制への拡張を目指す。そのほとんどが研究者や技術者である。実際、世界中から同社への就職を希望する研究者が後を絶たないという。

 アセントロボティクスに新たに加わったメンバーの言葉からは、先進の「AI人材」を獲得する秘訣が浮かび上がる。そこには、最先端の研究者が日本企業の多くに感じる物足りなさが見え隠れする。

創業者のビジョンに共鳴

 「同社のビジョンに引かれたことと、職場のカルチャーの良さの2つの理由で転職を決めた」。 こう語るのは、日本IBM東京基礎研究所などを経てアセントロボティクスのCSO(Chief Scientific Officer)に就任したサキャシンガ・ダスグプタ(Sakyasingha Dasgupta)氏である。

図1  最先端のAI人材が集まるアセントロボティクス
図1 最先端のAI人材が集まるアセントロボティクス
左から、アンソニー・ディコスタンゾ(Anthony DeCostanzo)氏、サキャシンガ・ダスグプタ(Sakyasingha Dasgupta)氏、フレッド・アルメイダ(Fred Almeida)氏、黄鉑鈞(Bojun Huang)氏
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 アセントロボティクスを創業したフレッド・アルメイダ(Fred Almeida)氏が掲げるビジョンはこうだ。深層強化学習などの最先端のAI技術を使って、日本の狭くて混み合った道路でも人手に頼らないレベル4の自動運転技術を、2020年をめどに実現する。開発した技術は、産業用ロボットやドローンなど各種ロボットの制御にも応用していく。

 もともと自動車や産業用ロボットに強い企業が多い日本で、深層強化学習を利用した制御技術を世界に先駆けて実用化できることに、ダスグプタ氏をはじめ多くの研究者が魅力を感じている。

 とりわけ自らが興味を持つ研究テーマを継続し、事業に生かせることが大きな魅力のようだ。グスグプタ氏は日本IBMで「Dynamic Boltzmann Machine」と呼ぶ独自方式のニューラルネットワークや(関連記事)、深層学習技術のロボットへの応用を研究していた。その後、日本のAIベンチャーLeapMindでディープニューラルネットワーク(DNN)の推論処理をFPGAやGPUで効率的に実行する技術の開発にも従事。これらの企業で手掛け、論文などで外部に公開した成果を発展させて、アセントのソフトウエアに反映していくという。

 中国マイクロソフト リサーチ アジアから移籍した黄鉑鈞(Bojun Huang)氏は、ゲーム理論の強化学習への応用を研究している。この研究テーマを生かせることから、同氏として初体験となる転職を決めた。アンソニー・ディコスタンゾ(Anthony DeCostanzo)氏は、理化学研究所で脳の機能を計算機上に再現する研究をしていた。現在はアセントで、海馬が備えるエピソード記憶の仕組みを自動運転技術に応用する技術を検討している(関連記事)。

ライバルはまだ少ない

 アセントと同様な技術開発を進める企業は世界でもまだ少ない。このことも、最先端の人材の転籍を後押しする。

 深層強化学習の研究では米グーグル(Google)傘下の英ディープマインド(DeepMind)が有名だ。しかし、アセントのアルメイダ氏は、ディープマインドはライバルではないという。「我々がフォーカスしているのは自動車やロボットといった具体的なモノへの応用。いわゆる汎用人工知能(AGI:Artificial General Intelligence)を目指すディープマインドとは狙いが違う」。競合する企業をあえて挙げると、非営利団体OpenAIで活躍する著名研究者Pieter Abbeel氏らが創業した米Embodied Intelligenceぐらいだという。

 深層学習を用いた自動運転やロボット関連技術は、トヨタ自動車などが出資するPreferred Networks(PFN)も開発している。アルメイダ氏はPFNと事業領域が重なることは認めつつも、PFNの技術の詳細が明らかになっていないことから、直接の比較はできないという。また、PFNが医療などより幅広い分野を目指すのに対し、アセントは自動車を含む広義のロボットの事業に集中するとした。

図2 深層強化学習で自動運転
図2 深層強化学習で自動運転
アセントロボティクスは開発中の技術をモデルカーに実装して試験している
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