世界が「カーボンニュートラル」(炭素中立)の実現に向けて動き出した。自動車業界の動向に詳しいインテルの野辺継男氏(同社デジタルインフラストラクチャーダイレクター)は、「産業競争力」と「エネルギー安全保障」の2つの視点が重要と説く。
車両の生産から廃棄までのライフサイクルにわたる二酸化炭素(CO2)の排出量の削減に向けて、電気自動車(EV)へのシフトを進める欧州や中国とハイブリッド車(HEV)を重視する日本。野辺氏はインタビューの前編で、「市場ごとに別の技術を開発するという二重投資が必要になり、国際競争力の拡大への負荷になる」と指摘した。後編は、EV市場の将来動向やその中核部品であるリチウムイオン電池が抱えるエネルギー安全保障の問題などを議論する。
欧州のEVシフトはあくまで自動車メーカー側の都合で、消費者の意向を無視しているという指摘もあります。
EVの量産が始まったのは、日産自動車が「リーフ」を発売した2010年ごろから。それから10年がたった20年、米Tesla(テスラ)が年間約50万台のEVを出荷したことでEV市場はようやく成長段階に入りました。とはいえ、20年末時点で世界の新車販売台数に占めるEVの比率(見込み)は世界で3%にすぎません。EV化が進んでいる欧州でも10%、中国は4%程度、米国は2%程度です。
本格的に普及しない理由として挙げられるのが、高い車両価格、短い走行可能距離への不安、未整備な充電インフラ、給油に比較して長い充電時間、電池の劣化などです。しかし、ここ数年の技術革新により、これらの懸念は大きく改善されているのも事実です。電池のエネルギー密度は上がっており、劣化も少なくなってきています。
その上で電池コストの低減は続き、この10年で9割ほど安くなりました。電池コストは今後、製造過程も含めた技術的革新により年間10~15%のペースで低減していくとみています。今のところ、欧州や中国では税制や補助金など政府の支援によってEVとエンジン車の価格差を抑えていますが、23~25年ごろには補助金なしでもEVの方がエンジン車よりも安くなるという予測が多い状況です。
補助金がなくても、車両に魅力があればEVは売れるはずです。米カリフォルニア州では既に、テスラのEV「モデル3」がトヨタ自動車の「カローラ」やホンダの「シビック」などと同程度の販売台数を確保しています(図1)。欧州では、ドイツPorsche(ポルシェ)のEV「タイカン」が、「911」や「パナメーラ」など同社の既存ガソリンエンジン車やプラグインハイブリッド車(PHEV)などを抑え、(月間ベースで)最も売れるモデルになることもありました(図2)。一部のEVは、高価であっても既に消費者から非常に高い人気を得ているのです。
それでも、全ての自動車がEVになるわけではなさそうです。特に日本は、(インタビューの前編で言及があったように)HEVを重視する傾向が強いです。
その通りです。自動車メーカーや調査機関などによる電動車両の普及予測を基に試算したところ、35年でも新車に占めるxEV(本記事ではEVとPHEV)の販売比率は世界平均で42%程度です(図3)。欧州や中国は同45%前後まで高まりますが、日本は13%程度にとどまるでしょう。販売台数でみれば、全体の半数以上を中国市場が占め、約1800万台ほどになるとみています。
EVの普及を妨げるボトルネックは電池の供給です。現実的に電池が安くなってEVの需要が拡大する可能性があるとしても、その需要に応えられるだけの電池の生産能力(総エネルギー容量)を用意できそうにありません。
20年のEV出荷台数は、超小型EVを含めても300万台ほどで、搭載した電池の容量は合計で140GWh程度でした。いくつかの市場予測を基に30年のEV市場を2800万台と想定した場合、必要な電池の総容量は1700GWhほど。つまり、今後10年で電池の生産規模を10倍にする必要があるのです。
これは企業レベルで考えれば非常に事業リスクの高い話で、電池の生産能力がEV拡大のボトルネックになる可能性が十分あり得ます。もちろん、高品質なEV用電池に不可欠なコバルト(Co)やニッケル(Ni)などの材料を、環境対応を重視するESG(環境・社会・企業統治)の要件を満たしながら安定的に調達する難しさも、電池の生産能力を拡大させる際の拘束条件になります。