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 景気動向の影響を真っ先に受けるとされる工作機械業界。特に近年は、相次ぐ不測の事態で業績が激動した。2018年に史上最高の受注総額1兆8157億円を記録するも、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で2020年には半減。その後、経済活動が再開すると電気自動車市場の急拡大による需要増などもあり、2022年の受注総額は1兆7596億円とV字回復を果たした。一方で、昨今では台湾有事の可能性が示唆されるなど高まる地政学的リスクに対して、強靱(きょうじん)なサプライチェーン構築が製造業共通の課題となっている。今後の対応を、日本工作機械工業会(以下、日工会)会長の稲葉善治氏(ファナック取締役会長)に聞いた。(聞き手=石橋拓馬、吉田 勝)

日本工作機械工業会会長(ファナック取締役会長)の稲葉善治氏
日本工作機械工業会会長(ファナック取締役会長)の稲葉善治氏
(写真:日本工作機械工業会)
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新型コロナウイルス感染症拡大やロシアのウクライナ侵攻、昨今では台湾有事の可能性も示唆されています。製造業は今後、こうした不測の事態に備えてどのような対応を講じていくべきでしょうか。

 新型コロナ禍で浮き彫りになったのが、“日本の製造業の空洞化”です。中国をはじめ、インドネシアやマレーシアがロックダウンしたことで現地のサプライチェーンが切れて、色々な部品が供給不足に陥りました。多くの国内企業が、いかにこれらの地域のサプライチェーンに依存していたのかを痛感したことでしょう。

 従って、今後起こり得る不測の事態に備えて、日本国内にもサプライチェーンをしっかり構築し直し、複数の仕入れ先を確保しておく必要があります。

 そのうえで、大きく考え方を変えなければならないのが、在庫戦略です。今まで製造業では、「リーン生産方式」という基本的な生産方針で、いかに在庫を減らしてジャストインタイムに部品を供給するかを考えてきました。「在庫は悪だ」としていたわけです。

 ところが、コロナ禍で、それではいつどこでサプライチェーンが途切れてもおかしくないと分かり、在庫に対する見方を修正せざるを得なくなりました。特に重要部品は適正な在庫を持つ必要があるのだと考えるようになりました。


デジタルで見える化して、サプライチェーン全体での在庫最適化を

製造業は在庫を最小限にする方向性で進んできました。「やっぱり在庫が必要だ」となると180度の方向転換になると思います。

 はい。もはや企業がおのおの在庫戦略を立てて対策するのでは、到底(適正在庫を持つという対応は)困難です。サプライチェーン全体で考えるべき課題です。

 上流の部品メーカーが材料をある程度確保しておくのがよいか、アセンブリーメーカーがある程度の部品を集めて造ったサブユニットとして在庫を持っておくのがよいか、といった議論が必要です。部品の種類によっても適正な在庫の量も違います。汎用で手に入りやすい部品もあれば、専用品でその部品しか使えないというような特殊な部品もあるからです。

 サプライチェーンの中で誰が、どこで、何を、どのくらい在庫を持つのが適正か。そういったことを総合的に勘案して在庫戦略を立てるのは、今までのやり方に比べるとはるかに複雑になると思います。

確かに、在庫のバランスを見極めるのは非常に難しいと思います。具体的には、何から取り組めばよいのでしょうか。

 日工会では2022年から「レジリエンス」(強じん性)をテーマに掲げ、サプライチェーンの強化を目指して議論を進めています。具体的な方針などは、これから試行錯誤して決めていくのですが、新たに強靱なサプライチェーン構築を支える有力な手段として期待しているのが「デジタル化」です。在庫管理は工場での生産量と密接に関わっているため、工作機械の稼働状況の把握や情報共有がカギとなります。在庫状況を見える化して、製造業全体で共有できる仕組みが必要でしょう。

 工作機械業界では、現在米国を中心に「MT connect」という工作機械向けの通信プロトコルの標準化が進んでいます。欧州では、MT connectを発展させたOPC UA(OPC Unified Architecture)ベースの共有インターフェース「umati」が提唱されています。そういったデファクトスタンダードな通信規格に合わせて工作機械がつながるようにすることが重要です。

* umati(universal machine tool interface):工作機械や周辺機器などの設備間で簡便にデータをやり取りするためのインターフェース規格。2017年にドイツ・ハノーバーで開催された世界最大級の工作機械の展示会「EMO Hannover 2017」で発表された。