合理主義者だが、気さくで周囲を巻き込む力を備えた情熱家―。これが日立製作所・中西宏明会長という男の姿である。経団連次期会長としても、中西流で日本の産業界をリードしていくはずだ。そんな中西氏が注目している産業。そして日本の産業を支える技術者に伝えたいこととは。
(聞き手は戸川 尚樹=日経 xTECH IT 編集長、編集は竹居 智久=日経 xTECH/日経コンピュータ)
多くの企業が、顧客にとって魅力的なソリューション(課題解決策)を生み出そうと必死です。ここでは、どのように発想を転換すべきだとお考えですか。
大切なことは、顧客にとってのバリュー(価値)です。以前は、製品自体の価値によって顧客に高く評価してもらえることが多かった。ところが今はそうではなくなってきているため、迷いや苦労が生じやすくなっている。
今は、自分たちの力だけでバリューを作りにくくなっています。お客さんと一緒に作らないとダメになってきました。売る側と買う側という関係ではなく、お客さんとはパートナーという関係を築く。互いに知恵を出し合って、バリューやリスクをシェアしていくという発想を持たないと、新しいソリューションやサービスを生み出せません。
お客さんと話をするときに、「当社の技術や製品は優れているのでぜひ使ってください、という話題から入ってはダメだよ」と従業員に常々言っています。売らんかなだと、お客さんは冷めてしまいます。
かといって「困り事は何ですか」とお客さんに聞いたところで、答えてくれるわけがない。だからお客さんと一緒に、課題とその解決策を見つけ出す。それを実践するには、精神論だけではだめでツールが必要です。実際に日立は、お客さんとビジョンや目的を共有したり、実現手法のアイデアを考案したりするために、「NEXPERIENCE/Cyber-Proof of Concept」と呼ぶフレームワークを活用してコンサルティング活動を進めています。
我々とお客さんが共通の目的や価値を持たないと、新たな課題解決策は出てきません。そうした点で防災・減災という目的は、多くの企業や団体で一致しやすく、一緒にやろうという大きな動機になるでしょう。
このほかにも、日本では少子高齢化に伴う労働人口の減少や社会保障費の増大などの課題がたくさんあります。皆が困っていることを一つひとつ具体的に拾っていけば、新たなソリューションを生み出せるでしょう。
といっても、官や民が縦割りになっているせいで動きにくい面がある。今後は横断的に取り組める仕掛けづくりを進められるよう、政府と折衝していかなければならないと考えています。
中西さんは多くの経営トップと盛んに交流されていると思いますが、強い危機感を持っている業界はどこですか。
金融機関です。人口減少という大きな課題があって、ITを駆使した「フィンテック」という波が押し寄せています。メガバンクや地銀、保険会社などがそれぞれ新しいビジネスモデルを見つけようと必死に取り組んでいると感じます。
電機業界については、ずいぶん優勝劣敗がはっきりしてしまった。今後はどこがイニシアティブをとるのかという話がありますが、そもそも電機業界というくくり自体には意味がなくなっていると思います。