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装着型サイボーグ「HAL(Hybrid Assistive Limb)」を開発するCYBERDYNE(サイバーダイン)が、いわゆる「スポーツテック」に参入した。ユーザーには米メジャーリーグで活躍する前田健太選手(愛称はマエケン)など世界のトップアスリートも含まれる。同選手はHALを利用した自主トレーニングをスポーツ施設「IWA ACADEMY(アイダブリューエーアカデミー)」で2020年1月20日に公開(脳を鍛えて理想のプレーを、ドジャース前田選手が「装着型サイボーグ」を導入*1。「サイボーグ化」した前田選手に大きな注目が集まった。アスリートのパフォーマンス向上を目的に、世界で「脳」や「神経系」を強化するスポーツテックの開発が進んでいる。同社はどのようなビジョンを掲げてスポーツ領域への参入を決めたのか。サイバーダインで最高経営責任者(CEO)を務める山海嘉之氏に話を聞いた。(聞き手は野々村洸、高橋厚妃=日経クロステック)

*1 前田選手の所属はミネソタ・ツインズ。取材当時はロサンゼルス・ドジャースだった。
サイバーダインでCEOを務める山海嘉之氏
サイバーダインでCEOを務める山海嘉之氏
(写真:日経クロステック、以下同)
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サイバーダインはこれまで介護や医療の現場でHALの利用を進めてきました。今回、なぜHALをスポーツ領域で生かそうと考えたのですか。

山海氏:実は身体の一部が不自由な方も、トップアスリートの方にもある類似点があります。それは「可能な限り身体機能を高めたい」という強い思いです。例えば元サッカー日本代表の中田英寿氏は自分の脳神経系と身体の両機能を高め、思うままに身体能力を発揮しようと考えているように見えました。もちろん身体が不自由な方とトップアスリートだと、おのおのが目指す「身体の使い方」は異なるでしょう。しかし、脳神経系と身体の機能向上を通して、私はHALがアスリートの支援にも役立つ可能性があると思ったのです。

 私たちはスポーツ領域で、IWA ACADEMYを運営するIWA JAPAN(東京・千代田)と協力することになりました。その理由の1つに、彼らがトップアスリートの教育に力を注いでいたことが挙げられます。彼らと協力してスポーツでのHAL装着者のデータを集めていけば、アスリートだけでなく、身体が不自由な方々にも有効なデータをフィードバックできるでしょう。

装着型サイボーグ「HAL」を利用する前田選手
装着型サイボーグ「HAL」を利用する前田選手
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後ろ向きの前田選手
後ろ向きの前田選手
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 少し話はそれますが、筑波大学の前身の東京高等師範学校に嘉納治五郎という柔道家・教育者がいました。東京高等師範学校で校長を務め、日本の体育教育に力を注いだ人物です。NHK大河ドラマの「いだてん東京オリムピック噺(ばなし)」にも登場しました。私も筑波大学の教授の1人として、彼の体育教育やスポーツへの思いに共感しています。

HALの動作原理を教えていただけますか。

山海氏:簡単に申し上げると、HALは皮膚に貼り付けたセンサー(電極)で脳から筋肉へと伝わる生体電位信号を検出し、その信号に基づいて関節に装着したパワーユニット(動作部)を制御します。動作部付近のセンサーで脳から運動神経や筋肉に伝わる信号を検出できるので、脳からの指令に遅延なく、パワーユニットが自分の身体の一部のように動くわけです。ざっくり言えば脳神経系とHALがつながり、身体に何も埋め込まずに人をサイボーグ化します。これを実現するコア技術を「Cybernic Interface(サイバニックインターフェース)」、あるいは「Neuro-Machine Interface(ニューロ・マシン・インターフェース)」と呼んでいます。

 運動神経など神経細胞の活動の正体は「細胞膜を介して流れるイオン電流」です。身体を動かそうとすると、脳からこのイオン電流由来の電位信号が運動神経を伝わっていきます。そして脳、脊髄、運動神経、筋肉へと指令は伝わっていく際、体内の微弱なイオン電流の一部が皮膚表面へと到達します。HALは高感度なセンサーでそのイオン電流を生体電位信号として検出して意思通りに動作するのです。スポーツ向けと医療・介護向けの基本的な仕組みに違いはありません。