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2021年6月、9年間パナソニックを代表取締役社長として率いてきた、津賀一宏氏が社長を退任し、取締役会長に就く。エンジニア出身の同氏に次世代を担うエンジニアへのエールを送ってもらった。(聞き手は中道 理=日経クロステック/日経エレクトロニクス、加藤雅浩=日経クロステック)

(写真:加藤 康、以下同)
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(写真:加藤 康、以下同)

津賀さんは、エンジニア出身ですが、ちょうど新年度に入る時期なので、これから進学や就職をされるエンジニアの卵の方に向けて、こうしたことをやっていけばいいというアドバイスをお願いします。

 私自身は、もともとコンピューターの、当時パーソナルコンピューターのCPUの設計などを大学時代から半分趣味、半分研究でやってたんです。若いときにアメリカへ留学したときも、コンピューターサイエンスとコンピューターエンジニアリングの学部へ留学させてもらいました。

 このときは、ハードウエア、ソフトウエアを1から積み上げて、新しい世界を白紙から創っていくことができた。これはすごいことだと、感動したんです。白紙の状態から絵を描くことで世界が変わり、実用で社会を変えていく。これはやっぱり素晴らしい。

 当時は、そんな風に白紙の領域から積み上げる勉強ができました。OSの中はどうなっている、コンパイラーの中はどうなっている、ウィンドウシステムが出てきたらウィンドウシステムはどんなメカニズムでできているか、とか。そういうことが積み上がっていった時代なんです。幸せな時代だったと思います。

 今は、コンピューターはこういう原理で動くんだということを理解できたとしても、すべてを積み上げて理解するというのは難しいと思います。従って、どこを起点に積み上げていくのか。やっぱり積み上げる、掘り下げるのもあるかもしれませんが、起点をどこに置くのかというのが、昔と今との差なんです。私らの世代は下から積み上げた。

 現在はこの起点の1つがデータを扱うことになっているようです。データをどのように扱って、そこからどう社会を変えていく、どうお役立ちを創り出していくかというのが、コンピューターの最もコンピューターらしい使い方です。

 そう考えると、起点がかなり変わってきます。起点が変わると、領域が入り交じる世界になります。エンジニアリングなのか、人文科学なのか、経済領域なのか、判別できないような話になりますので。私はコンピューターサイエンスで修士号を取りましたが、コンピューターサイエンスというのは、米国ではマスター・オブ・アートなんです。マスター・オブ・エンジニアリングではない。コンピューターサイエンスの領域がさらに広がっていて、そこがスタートだとすると、エンジニアといっても社会というものを知ることが重要になります。また、アートという意味で忘れてはならないのは、白紙の上に絵を描けるかどうか。そういうところが、これからのエンジニアに不可欠だと思います。

もっとやりたいことを見つけろと。

 そうですね。ただ、繰り返しになりますが、そのためには自分の起点を持って、その起点のところで、しっかり経験なり勉強なりをしないと、やりたいことの価値や意味が分からない。どんな人たちと一緒に活動するのか、そういうこともすごく大事だと思います。

 やっぱりエンジニア、もしくはサイエンティストでもいいですけれども、 自分の立脚するポイントというのは明確にしておく必要はあります。それも客観的に明確にしておく必要があります。

 我々の中でも、新しいパナソニックを創っていこうという中で、1つは「空間ソリューション」という言葉を使い始めています。例えば、(今インタビューをしている)この部屋は閉空間です。この閉空間というのは、なぜ存在するのか。自然空間の中ではやりにくい活動があるから、わざわざ閉空間を作っているわけです。でも、「閉空間って本当に人にとって生産性を上げたり、活動したりしやすい空間ですか」と問われると、場合によっては自然空間の方が良いかもしれない。閉空間の中に人が存在し活動していたら、その場というのは 単なる閉空間だけじゃなくて、閉空間の中で人が活動するという場として定義する必要があるわけです。そのようなものの見方をしたら、どんなお役立ち、どんな課題が見えてくるんだということを例えば起点にするとか。

 もう1つ、我々は現場プロセスイノベーションということをやろうとしています。それは、作っている人の対極にある人が消費する。“もの”というのは、どうあるべきなのか。どう作られて、どう仕入れて、どう流されて、どうお客さんに接するか。そのようなものの流れをどう作っていくのか、変えていくのか、無駄を取っていくのか。こうしたことには無限の可能性が、もしくは無限の変化の余地があるわけです。これはすごく面白くて、やりがいがある。

 今までであればテレビという、既に概念のあるところからスタートして、それをいかに安く信頼性を高めて作っていくのか、というのがメーカーの役割でした。そうではなく価値そのものを自分たちで白紙から定義しながら、それを積み上げて、改良して、本当に社会や人の役に立っている、そういう活動を増やしていきたいというのが、新しい会社を作るということで特に重視しているところなんです。

 もちろん従来型デバイスや電池など、グローバル的なビジネスで今までの電機メーカーが部品メーカーの側面として得意としてきた領域なので、それはそれで従来の価値観の中で伸ばしていきます。ただ、新しい価値観のところでは、従来の価値とは違う価値観で絵を描いていこうと。だから、単純なエンジニアではできないので、そういうことができるような人の集合体になってほしいし、それでミッシングパーツがあるならば、そういうミッシングパーツも手に入れたい。自分たちで価値を創り、掲げていく。(社員には)そういう世界で仕事をしてほしい。こういう仕事は、エンジニアが従来のエンジニアの価値観なり発想だけでは足りないけども、技術者的な素養がなければ絶対にできないです。