全2192文字

 1984年の入社以来、「アイサイト」の開発をはじめ、長年SUBARU(スバル)の技術開発に力を注いできた技術本部技監の樋渡穣氏。60歳を過ぎた今も、運転支援システムをシミュレーションするデジタルツインに取り組むなど技術開発にかける勢いは衰えない。(聞き手は石橋拓馬、中山 力)

SUBARU技術本部技監の樋渡穣氏
SUBARU技術本部技監の樋渡穣氏
(写真:栗原克己)
[画像のクリックで拡大表示]

 近年は電気自動車(EV)をはじめとした電動化が進み、さまざまな通信機能も搭載されています。車をハッキングから守るセキュリティーなど、新たな安全技術が必要です。それに伴って、安全を担保するための評価項目も増えてきました。設計・試作してから実車に搭載し、走行実験で評価するという従来のプロセスでは時間がかかりすぎます。

 できるだけ試作車は造らず、仮想のモデルで評価するMBD(モデルベース開発)に2020年ころから取り組んでいます。従来の開発プロセスをVモデルで表現した場合、開発を「V字」の左(上流)側でより回すので、スバルではこの考え方を「Shift Left」と呼んでいます。

スバルの開発プロセス「Vモデル」と「Shift Left」の概念
スバルの開発プロセス「Vモデル」と「Shift Left」の概念
(出所:SUBARU)
[画像のクリックで拡大表示]

 具体的な取り組みとしては、運転席を模したフレームにさまざまな制御機器やシステム、操作系、表示装置などを組み込んだシミュレーターを開発しました。エンジン、ミッションなどのパワートレインの動きと、それに伴う加減速、左右運動が全てモデルになっていて、運転操作に応じてあたかも走っている状況が画面に映し出されます。スバルではこの開発環境を「IVX-D」(Dはデジタルツイン)と呼んでいます。

 現在、パワートレインの性能を検証するためのHILS(ハードウエア・イン・ザ・ループ・システム)を実践するメーカーは少なくありません。ただし、我々がIVX-Dで目指しているのは、ナビゲーションシステムのタッチパネルやデジタルミラーなどを含めた、ボディー側の複雑な連携です。ボディー系のHILSを導入している企業は、まだ少ないと思います。IVX-Dでは全40個以上のボディー系ECU(電子制御ユニット)を連携させています。

 現在はこのIVX-Dで新しい開発のアイデアをどんどん試したり、市場で不具合が起きたときに同じ状態を再現したりと、フル活用しています。

運転席を模したフレームにさまざま制御機器やシステムを組み込んだシミュレーター「IVX-D」
運転席を模したフレームにさまざま制御機器やシステムを組み込んだシミュレーター「IVX-D」
(出所:SUBARU)
[画像のクリックで拡大表示]

 余談ですが、私は60歳のとき白内障を患い、急に視力が落ちてしまったのですぐに手術しました。そうしたら、よく見えるようになったのでプログラミング言語やシミュレーションツールを勉強し直しました。2年くらいかかりましたが、気づいたら自分でIVX-Dの基本部分を構築できたのです。人間、やればやれるものです。いろいろなベンダーさんからも「樋渡さんがやられているのは、多分世界初ですよ」と言われるので、自慢しています。