ソニーグループのディスプレー技術者である野本和正氏が2021年4月、世界最大のディスプレー学会であるThe Society for Information Display (SID)から「2021 SID Fellow Awards」を受賞した。同氏が世界に先駆けて進めてきた有機エレクトロニクス技術の研究やフレキシブル有機ELディスプレーの実証が理由となった。業界への技術的な貢献の詳細や、開発中の次世代技術への展望について、さらに同年5月に開催された「SID Display Week 2021」での発表内容について、野本氏に聞いた。(聞き手は東 将大、根津 禎、構成は赤坂 麻実=ライター)
まず2021 SID Fellow Award受賞に至った業績についてお聞かせください。
大きく3つあると考えています。第1に有機TFTの動作原理の解明など有機エレクトロニクスの研究、第2に世界初の有機TFT駆動の巻き取り有機ELディスプレーや電子ペーパーの実証、第3にマイクロディスプレー開発におけるマネジメントの貢献です。
SIDの表彰盾には「For his many contributions to organic electronics, particularly the world's first demonstration of organic-TFT-driven foldable/rollable OLED displays and e-Papers, and his leadership in development of micro-OLED/micro-LED displays.」と書かれていました。
まず、有機エレクトロニクス技術への貢献が評価されたようです。ソニーは2003年に有機エレクトロニクスの開発に着手しました。当時の有機TFTはまだトランジスタ動作がやっと確認できた程度の“赤ん坊”レベルの技術でした。
そこで我々は動作原理の解明に取り組みました。ソースドレーン電極から電導層へ電荷がどのように注入されるか。トランジスタのゲート絶縁膜と半導体界面の性質がどのような関係にあるのか。そういったことの解明に寄与したことが認められたようです。
2つめが、世界初となった有機TFT駆動による折りたたみ/巻き取り可能な有機ELディスプレーを実証したことです。合わせて、フレキシブルなアモルファスシリコンTFTによって、フレキシブルな電子ペーパーを実現したことも含まれます。この電子ペーパーは、ソニーが2013年に発売した「デジタルペーパー(DPT-S1)」に採用されています。私はプレーイングマネジャーとして研究開発に貢献しました。
最後に、シリコン基板を使ったマイクロ有機ELディスプレー、マイクロLEDディスプレーの開発におけるマネジメントです。こちらは現在、ソニーセミコンダクタソリューションズで事業を展開しています。
マイクロLEDディスプレーは「Crystal LEDディスプレーシステム」の名称で2012年1月の「2012 International CES」において初披露しました。2019年4月には、19.3m×5.4mのCrystal LEDを資生堂グローバルイノベーションセンターに納入しています。また、2019年にSIDから「Display of the Year」の表彰を受けました。
ソニーのマイクロLEDディスプレーは大画面ディスプレーに使われている印象ですが、小型と大型、どちらをターゲットとしていたのでしょうか。
マイクロLEDディスプレーは、もともと大画面のほうを狙っていました。ディスプレーの世界ではガラス基板の大型化によって大画面化が進みましたが、大型基板を使った大画面化は投資規模も大きく、難しい。ソニーとしては他のアプローチで大画面化を進めようという戦略でした。
ソニーはイメージセンサーなどで半導体の製造技術を培ってきましたから、それを生かしてタイリングによって大画面化しようと。それがCrystal LEDの始まりです。加えて、小型向けには既にマイクロ有機ELディスプレーを開発していたというのも理由の1つです。
一方で最近は、多くの企業でモバイル機器向けのマイクロLEDディスプレーが開発されていますし、当社としても社内で検討を進めている状況です。
3つの中で受賞の決め手として比重が大きいものはどれでしょうか。
やはり2つめ、有機TFT駆動による折りたたみ、巻き取り可能な有機ELディスプレーが大きかったと思います。ソニーでは、この技術を製品化していませんが、その後、産業界では低温ポリシリコンTFTを使った有機ELのフレキシブル化を推し進めました。フレキシブル有機ELディスプレーはいまやハイエンドのスマートフォンで数多く採用され、世の中に浸透しています。その先駆けとしての活動を評価していただいたようです。
フレキシブル有機ELディスプレーで私たちがしたことは、「ライト兄弟の初飛行」のようなものだと思っています*。
我々がディスプレーの進化の流れにおいてどういう役割を果たしたのかといえば、ご存じのようにディスプレーはCRTから平面ブラウン管、液晶ディスプレーと薄型化してきました。そんななか、ソニーは2007年に有機ELパネルを採用したテレビ「XEL-1」を発売。さらにフレキシブル、巻き取り可能なディスプレーへ進化していく過程でも、先駆的に技術開発を進めてきました。
巻き取りまで進化すると、薄型化の流れとしてはほぼ究極の域です。今後は、フラットパネルディスプレーではない新しいディスプレーとして、ヘッドマウントディスプレーなどに応用されるマイクロ有機ELディスプレーや、ユーザーを取り囲むような大型ディスプレーシステムを実現できるマイクロLEDディスプレーが求められていく。この辺りへの貢献が今回、SIDに評価されたのだと思います。