全3444文字
PR

避けるべきでない開発のムダ

 ただ、 20年くらい前に開発をスタートさせよう、とはいっても、当然打率は悪くなります。やってみなければ分からないことはありますし、予測がずれることもありますから。ですから基礎研究を進めていく以上は、ある程度のムダが出ることは覚悟の上でやっていく必要があります。

 結果的にうまくいかずにムダになるとしても、意味のあるムダになるのかそうでないか、そのあたりを見抜く眼力は必要です。さまざまな専門を持っていることは、そういう眼力を育てる上でも役に立つと思います。専門がいろいろある会社の方が、広い視野を持ちやすいはずですから。

 でももともと、研究でいつもいつも素晴らしい成果を得られるわけがないのは、まあ当たり前ですよね。だからある程度失敗というか、研究開発がムダになることは避けられないし、必要なことなのです。そもそも、ある程度結果が見えてから基礎研究をやったってしょうがないでしょう。民間企業においても、そういう意味のあるムダは必要だと考えて、トップの経営責任の下で進めています。

 以前は電力会社の研究所とか電信電話公社時代のNTTとか、あるいは国鉄時代の鉄道総合研究所とか、結構基礎的な研究を民間企業と協力してやっていたところはあったのですけれどね。今はそういう研究をやっていく余裕がなくなっていますから、どうしても応用研究を重視することになりますよね。ものづくりはもうけるためにやるもんじゃないですけれど、もうからない企業が存在できないのは事実です。

 それでも当社では基礎研究を進めようとしていますが、このあたりについてはもっと国に期待したいところです。議員を務めている国の総合科学技術会議の席でも、科学技術に関する予算は減らさないようにお願いしています。

顧客の厳しさが日本の発展の礎

 日本人は、その勤勉さがものづくりに向いているのと同時に、お客様の立場になると非常に厳しい。でもそれが技術を発展させているとも思います。

 外国の家電メーカーで、日本で成功したところってあるでしょうか? 日本の家電メーカーが輸入して販売しているものはありますが、それ以外で独自に日本に進出して成功している海外メーカーってほとんどないのでは。それだけ日本の消費者が厳しいからでしょう。

 例えば冷蔵庫で、五つも扉があるようなのは日本だけですよ。日本では扉が少ないと、開けたときに冷気が多く漏れてもったいないと判断される。しかし外国ではそんなこと気にしないし、かえってどこに入れたか分からなくなると言われる。あるいは乾燥機能一体型の洗濯機。外で干すのが普通の文化である地域に持っていっても、要らないと言われるのがオチでしょう。しかし時間がたって文化が変われば、そういう高度な機能を持った製品が必要とされるかもしれない。

 日本では日本なりの価値があって、それを追ってきめ細かく大事にやっていく。泥臭くぱっとしなくても、お客様の欲しがるものを造っていけばいいんじゃないかと思っています。

 しかし2006年に、原子力発電所の当社製タービンが折損してお客様に大変ご迷惑をおかけしました。再現テストのための装置を造るなどして原因ははっきり特定しましたが、設計の時点においてそこまでの知見がなく、シミュレーション技術も十分ではなかったことから、防ぐ手立てがあったかどうかは難しいところです。だからといって許されるわけではないし、当時もっと突っ込んでいればあるいは、という反省もありますから、古川一夫社長を本部長とする「モノづくり強化本部」を設置しました。

 ものづくりの設計検討をきちんとやるように徹底させることで、お客様にかける迷惑も減っています。また設計検討の仕組みや、どのようなメンバーを入れるか、設計検討の当事者にどうアドバイスをするかなど、管理面での工夫もしています。日立の伝統である「落穂精神」、良心に基づいて人間らしく行動して事故や不良を防ぐという考え方ですが、これをさらに発揮させるべき時だと思っています。

(写真:佐藤 久)
(写真:佐藤 久)