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 2020年6月5日に死去した日立製作所元社長の庄山悦彦氏は、かつて『日経ものづくり』の取材に対して基礎研究を継続することの重要性を説いていた。「技術を融合した新しいシステムを要求する時代になってきた」「研究開発がムダになることは避けられないし、必要なこと」――。10年以上たった今も色あせない、会長時代のインタビューを再録した。(日経ものづくり2008年4月号掲載)

庄山悦彦(しょうやま・えつひこ)
庄山悦彦(しょうやま・えつひこ)
1959年4月日立製作所入社。1985年6月国分工場工場長、1987年2月栃木工場工場長、1990年8月リビング機器事業部事業部長、1991年6月取締役AV機器事業部事業部長、1993年6月常務取締役家電事業本部事業本部長、1995年6月専務取締役家電・情報メディア事業本部事業本部長、1997年6月代表取締役副社長、1999年4月代表取締役社長を経て2006年4月取締役代表執行役会長、2007年4月取締役会長に就任。(写真:佐藤 久)

 1910年に修理工場として創業した当時、モータをはじめ世の中の機械はたいてい海外のものでした。それを何とか国産化したいと創業者が考えて以来、お客様の要望を第一に考えるマーケット・インの思想は貫いていると思います。ただ、常に先進的でなければならない。マーケットができてからインしても遅いんです。

 お客様の要望は時代とともに変わります。以前の話で言えば、洗濯機なんて働く人や主婦の時間をものすごく節約しましたよね。あんなに使う人を楽にしたものはないんじゃないかと今でも思っていますけれども、じゃあ今、生活者の視点で何が欲しいかと聞いたときに、今さら家電にあこがれる人はほとんどいないでしょう。

 その時その時の生活者の思いに応えようとするなら、前もって種をまいておかなければなりません。残念ながら、ものづくりには時間がかかります。開発に10年単位の時間がかかることは多いですし、下手をすると25年もかかるようなものもあります。だからどんな方向に開発を進めるか、研究所には20年くらい前に言ってもらわなければ、ものはできないんです。

 事業の選択と集中、あるいは重点化も、中長期的な視点で判断する必要があると思います。10年20年先を見据えて種をまく上でどういう方向を重点にするかを考えなければなりません。既に先行している会社があるなら、コスト競争などで負けてしまうといけませんから、他の道を選ぶことなどを考えなければいけない。

「選択と集中」の本当の意味

 中には総合電機はけしからん、選択と集中ができてないなんて言う方も世の中にはおられます。でも私が考える選択と集中のイメージは、目先の携帯電話機や薄型テレビの事業をどうしようかではなくて、将来の生活者の思いをくみ取って、その上で何をしていくべきなのか重点項目を早めに決める、ということなのです。

 今の時代、いろいろな技術を持っていることは、新しいイノベーションを生み出しやすいことでもあると思います。例えば薄型テレビの冷却に使っている方法は、大型コンピュータ向け冷却技術の応用です。冷却、というテーマでコンピュータもテレビも、横つなぎで見られる技術者がいるわけです。

 また医工連携と言っていますが、指静脈を透視撮影する技術を情報セキュリティー分野に応用し、指静脈認証技術を開発しました。指紋を取られることは印象が悪いですが、指静脈認証ならそういう不快感はないと思いますし、型を取って偽造しようとしても不可能、という長所があります。

 こういうイノベーションは横の広がりが見えていないとなかなかできません。技術者は欲張りですから、横のつながりを求めようとします。幅が広くなれば広くなるほど、いろいろな問題に知恵を出せるようになるわけです。しかし専門が一つしかなくて横の広がりがないと、イノベーションは生まれません。

 省エネだって、当社は総合的に対応することができます。例えばITセンターの消費エネルギを削減しようと考えるとき、コンピュータの消費電力を下げることも、空調のエネルギを減らすこともできるし、ビル全体の制御の仕方を考えてITで実現する、というような手も打てるわけです。

 その昔、クルマを持つこと自体が夢だった時代がありました。あるいは、秋葉原でオーディオのセットを買って下宿に持ち込んだら、友達がみんな集まってきたとかね。ものを持つことに意味があった時代だったんですね。人間が常にいい生活を望んだり、快適や安心を求めたりすることは変わりませんけれども、今は単純にものを提供するだけでお客様を満足させられるわけではなくなっています。

 社会が、技術を融合した新しいシステムを要求する時代になってきたということではないでしょうか。さまざまな技術を持っているという点で、こういう時代に合った企業になっていたことについては、諸先輩方に感謝しなければ、と思っています。