日本の競争力を支えていた品質という優位性が失われつつある――。こうした現状に危機感を抱く経営者らの声を受けて、日本科学技術連盟(日科技連)が2017年に立ち上げた「品質経営懇話会」。同会委員長である坂根正弘氏(コマツ顧問・日科技連元会長)や副委員長の佐々木眞一氏(トヨタ自動車元副社長、日科技連理事長)をはじめとする企業のトップや経営層らは、日本の「品質」と「経営」について議論を重ねてきた。20年6月にその内容をまとめた「品質経営懇話会 第1次報告書」を公開している。議論をけん引してきた坂根氏に、日本の製造業における品質と経営の課題と処方箋について聞いた。(聞き手は吉田 勝、岩野 恵、構成は小林 由美=fecet代表)
「日本は現場力を失った」という言い方をする人が世の中にはたくさんいます。そういった指摘に該当する企業があるとすれば、それは、現場の責任ではありません。痛みを伴う経営改革を断行して収益性を高める、必要な投資を継続的に行うといった手を打ってこなかった経営者の責任ではないでしょうか。ですから、品質経営懇話会でも個別の品質の話ではなく、企業価値をどう考えるべきか、そのための顧客の価値創造や顧客からの信頼度の向上について議論しています。
私はこの国の多くの製造業が国内の投資に自信を失ってきた根本原因は、雇用問題にあったと考えています。かつてコマツが創業以来初の赤字に落ち込むほど収益性が悪化したのは、デフレ下で雇用維持の必要性もあって、事業を多角化し、雇用の流動性がない社会で自前主義の仕事やITシステムを作りあげ、肥大化した固定費に押しつぶされたりした点に原因があります。私が2001年にコマツの社長になった際の経営構造改革の出発点は、それを変えることにありました。
製造コストも、欧米のように現場コストを仕事量に応じて変動費化すれば高い競争力を持てるのに、変動コストを外注・下請け化に求めてきた点も問題でした。外注・下請け先も決して雇用の調整は簡単ではなく、結局、中間の固定費を積み上げることになりました。
しかし、多重下請け構造でも、仮に現場コストを変動化できれば、国際競争力を十分有していると確信し、事業の選択と集中、そして固定費の削減を徹底し、国内投資を拡大する決心をしたわけです。
その後、日本も非正規社員制度といった変動費化の方策が一般化しました。01年当時、コマツで国内全社員に希望退職を募るといった大変な痛みを経験してきた自分の経験から言えば、この制度をもっと前向きで手厚いものにし、多くの企業が日本のコスト競争力に自信を取り戻して国内投資に結びつけることが、現場力の向上につながると期待しています。
国も企業も、これまで当面の雇用リスク回避を重視した結果が、この国の国内投資を阻害してきたと早く気付くべきです。
コマツの経験からこの国の製造業の抱える基本課題を整理すると、次の4つが挙げられます。
[1]事業の多角化と自前主義、多重下請け構造による固定費の肥大化
[2]現場コストを変動費化できれば、国際競争力を持てる
[3]国内はどの業界も多くのプレーヤーがシェア競争に走り、その結果、販売価格も国際的に極めて低く、収益性に苦しんでいる
[4]以上の結果、国内への投資拡大に消極的になっている
こういった悪循環から脱却するためには、自社が将来目指すべき事業と対象市場の選択と集中を徹底し、これまでのハード(商品)中心のビジネスモデルを商品→サービス→ソリューションへと進化させ、消耗戦化している国内競争の土俵とルールの変革に挑戦し、さらにその新しいビジネスを世界市場に拡大していくべきです。