2020年5月にオランダNXP Semiconductors(NXPセミコンダクターズ)の新しい社長兼CEOとしてKurt Sievers(カート・シーバース)氏が就任した。NXPは2015年に米Freescale Semiconductor(フリースケール・セミコンダクタ)、2019年に米Marvell(マーベル)の無線事業部門を買収するなど、積極的な投資を行ってきている。同社は今後、どのような戦略で成長しようとしているのか聞いた。(聞き手は中道 理=日経クロステック/日経エレクトロニクス、加藤雅浩=日経クロステック)
まず、聞きたい。新CEOとしてNXPを今後どのような会社にしたいと考えているか。
答えは明確だ。機能安全(セーフティー)とセキュリティーを備えたエッジコンピューティングのリーダーになる。半導体産業では、これまでの20年の間、さまざまな機器が成長を支えてきた。2000年~2010年はコンピューターだった。具体的にはラップトップPCやデスクトップPC、メインフレームなどがその中心だった。そして2010年~2020年は、スマートフォンやタブレット端末、そしてクラウドコンピューティング用の機器が成長をけん引してきた。
これから先の10年はエッジコンピューティングが成長を支えていくことになるだろう。このエッジコンピューティングには最高レベルのセキュリティーと機能安全が必要となってくる。ロボティクスなど多様な機械の自動化がエッジでは重要になってくるからだ。また、低消費電力も必要になる。こうした状況に対して、NXPは非常によいポジションにおり、そのための技術も内部に持っている。今後のエッジコンピューティングの成長に寄り添って、我々も成長していける。
エッジコンピューティングでターゲットとしているデバイスは何か。
大きく3つある。最大のターゲットはクルマだ。自動車分野向け半導体において長い間、1番の地位を築いてきた。当然ここには力を入れる。第2が、製造現場におけるさまざまな機械を含めた産業の自動化分野だ。最後がコンシューマー機器である。つまり、IoTの世界だ。コーヒーメーカーも洗濯機もすべてネットにつながっていくので、ここにもエッジコンピューティングが必要になる。つまり、接続性(コネクティビティー)、セキュリティー、機能安全、計算能力、低消費電力での動作が重要になってくる。対象となるデバイスは、スマートフォンだけにとどまらず、非常に広範囲な機器がサポートされるようになる。
これからはエッジにおけるAIや機械学習の能力を増やしていきたい。クラウドにデータを送ることによって生じるプライバシーの問題や、クラウドまでデータを送って処理することによって生じる時間の遅れの問題などを解消するためだ。AIおよび機械学習を適用するのは、音声認識やカメラのパターン認識などだ。とにかく低消費電力で機械学習ができる必要がある。
伊仏合弁STMicroelectronics(STマイクロエレクトロニクス)やドイツInfineon Technologies(インフィニオンテクノロジーズ)など、競合他社もセキュリティーと機能安全をうたっている。
セキュリティーと機能安全は、明らかに我々の優位性があるところだ。ハードウエアのサイバーセキュリティー対策において、我々は長い間リーダーの地位にある。例えば、モバイル決済の分野では、我々が作ったハードウエアベースのセキュリティーが利用されている。パスポートや免許といった政府関連の書類にも、我々のICが使われている。クルマのハッキング行為に対して、データを守る取り組みも長年続けてきた。セキュリティーの分野においては、こうした過去の蓄積が生きる。
機能安全への取り組みの歴史も長い。クルマは安全でなければならないということは基本だ。ABS、エアバッグ、レベル2やレベル3といったADAS(先進運転支援システム)において、機能安全は大事な問題である。チップレベルだけでなく、システムレベルでも機能安全を盛り込んできた。このほか、Liイオン電池は発火が問題になるので、バッテリーマネジメントに対しても、精力的に取り組んでいる。
競合他社に対して、我々のプロセッサーの性能が高いし、マイコンから、アプリケーションプロセッサー、そしてメディアプロセッサーまで品ぞろえも豊富である。ここにセキュリティーと機能安全が加わっているわけだ。
これが実現できているのは、Freescale Semiconductorの統合がある。NXPは、統合以前も機能安全、セキュリティーのリーダーだった。ただ、強かったのはRFとアナログの分野だった。Freescaleとの統合でプロセッサーの分野でもリーダーになれた。さらに2019年に買収したMarvellの無線事業部門との統合によってコネクティビティーの分野でもリーダーになった。この総合力も他社にはない強みだ。
低コストや、小型化・軽量化は付加価値にならないのか。
最も重要なのは低消費電力であることだ。理想的にはデータセンターと同じ性能のチップがエッジで使えることだが、そうしたチップは消費電力が大きく、熱を出す。大がかりな装置で冷却しなければならない。エッジではこうしたチップは利用できない。
コストは常に重要だ。我々はここにもアドバンテージがある。すべてを統合した、完全なソリューションを提供することで顧客の研究開発コストを下げられる。具体的には、プロセッサー、パワーマネジメント、コネクティビティーを提供し、セキュリティーも提供する。さまざまなスケールのハードウエアに対して、共通で使えるソフトウエアを提供できるようになっている。顧客はこの我々のセットを使って開発ができるようになった。これはTCO(総所有コスト)の削減に寄与する。これまでは、顧客は異なる企業からチップを買って、ソフトウエアを作り込む必要があった。
今後、自動運転やIndustry 5.0が進展することで、顧客からの要求も複雑になると思われるが、NXPが外部から取り入れるべき機能や技術はあるか。
広い意味では答えはノーだ。顧客から今後、3年程度の要求事項を満たす力はすべて内部に持っている。むしろ、先に進んでいると言える。ただ、どんなときでも、補完しなければならないスポットはある。そこは都度、埋めていく。例えば、フランスの自動運転向けAIの企業Kalray(カルレー)に投資している。中国のHawkeye Technology(ホークアイテクノロジー)というCMOSレーダーの会社にも投資した。こうした投資は小規模なもので、大型の投資を行うつもりはない。何をするのか、何をしないのか、を明確にして投資をしていく。今後、レベル4、レベル5の自動運転への対応が必要になるが、ここでは膨大なコンピューティングパワーが必要になる。我々はこのデータコンピューティングで戦うつもりはない。
焦点を当てるのは「セーフコンピューティング」の部分である。ここは意思決定をする部分であり、この場合は右に曲がる、この場合はブレーキをかけるなどを判断する。こうして、我々が競争しようと考えているところでは十分な能力を持っている。
我々のソリューションはスケーラビリティーがあるということを付け加えたい。クルマの例を話すと、最近の高級車には(車両の状況を液晶パネルなどに表示する)デジタルクラスターシステムが搭載されている。これを動かすソフトが重要だ。この同じソフトを高級車から大衆車にスケールダウンしていくことが、我々のプラットフォームなら実現できる。大衆車は、開発コストがシビアだ。新たに造るのではなく、高級車のものを再利用できるようにする必要がある。競合他社は、高級車に向けて高性能なコンピューティングシステムを提供できるが、スケーラビリティーがないので大衆車でそれを活用できない。