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 モビリティー関連の取り組みを「VISION-S(ビジョン エス)」と名付けて推進しているソニー。同社は、それを具現化した第1号の電気自動車(EV)の試作車を2020年1月の展示会「CES 2020」で披露して話題をさらった。鮮烈なデビューからおよそ半年。現在VISION-Sの取り組みはどうなっているのか。開発を主導するソニーのAIロボティクスビジネスの責任者である川西泉氏(同社 執行役員 AIロボティクスビジネス担当)に話を聞いた。今回は前編である。(聞き手は根津 禎=シリコンバレー支局、中道 理=日経クロステック/日経エレクトロニクス)

 ソニーとして次世代モビリティーにどう貢献できるか。それを検討するためにVISION-Sプロジェクトを始めました。現状では、モビリティー分野でソニーの技術を生かせるのはイメージセンサーをはじめとするセンサー類や、車内エンタテインメントの部分です。そこをきっかけに、同分野でソニーが貢献できる技術や製品を、長期で見極めたい。そのために、パートナー企業と共に実際にクルマを造ったわけです。

 ソニーは電機(エレクロニクス)メーカーですから、バッテリー(2次電池)を積んだ移動体、すなわち電気自動車(EV)を試作しました。その試作EVを2020年1月のCESで初めて公表した際、3つの要素をVISION-Sで追求する主要テーマとして強調しました。まず、安全・安心が何より重要だということで、第1に「セーフティー(安全性)」です。これをベースに「エンタテインメント」を追求する。続いて、注力するのが「アダプタビリティー(適応性)」です。コネクティビティーで議論されているように、自動車の機能は今後、ユーザーと共に継続的に向上させていくべきだと考えています。加えて、社会環境の変化に適用できるよう進化することが求められる。そこで、アダプタビリティーを挙げました。

 CESではこれら3つを強調しましたが、実はもう1つ、訴求したかったことがありました。ソニーの「デザイン力」です。自動車はいろいろな車種がありますが、デザイン力を披露するために、試作車を人の感性に訴えやすいスポーティーなスタイルにしました。

「CES 2020」で披露した「VISION-S(ビジョン エス)」の試作車
「CES 2020」で披露した「VISION-S(ビジョン エス)」の試作車
(撮影:日経クロステック)
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ソフトウエアを起点にする

 次世代のモビリティーを検討する上で重きを置いたのは、ソフトウエア技術です。我々の中では、ソフトウエア技術を起点にしたクルマとして、「ソフトウエア・ディファインド・ビークル(SDV:Software Defined Vehicle)」と呼んでいます。ただし、ソフトウエアをアップデートして導入できる新機能であっても、自動車には長年かけて構築した安全のための各種規制がありますから、その規制に適合する必要がある。ですから、ブレーキやステアリングといった足回り(走る・曲がる・止まる)部分にソフトウエアのエッセンスをどう入れるのか、どこまでソフトウエアの比重を高めるのかの「境界」を考えなくてはならない。その境界をどこにするのかが、技術開発のポイントになります。その境界を見極めるためにも、実際にクルマを造りました。

 自動車産業に参集しようとしているIT企業であれば、同じような発想になると思います。ただ、そうした企業は自動車産業に存在する、ソフトウエアと、ものづくりの間のギャップは大きいと感じるのではないでしょうか。IT業界の理屈や時間軸でクルマを造ろうとしても実現は難しい。我々は電機メーカー、すなわち、ものづくりの企業でもあるので、双方の感覚を持ち合わせているのが強みだと考えています。今回、車両を(自動車の受託製造を手掛ける)オーストリアMagna Steyr(マグナシュタイア)と開発しました。その際、自動車と電子機器、分野は違えども、ものづくりの観点で見ると、開発過程ではアプローチや考え方など共通するところが多かった。ですから、ITを車両にどう実装するか、お互いに話しやすい状況にありました。

CES 2020で発表された「VISION-S」の参画企業
CES 2020で発表された「VISION-S」の参画企業
(撮影:日経クロステック)
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