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 2000年代半ば以降の長期の業績低迷期を脱し、過去最高益を更新するなど業績好調のソニーグループ(ソニーG)。しかし、その素顔は「ウォークマン」に代表される革新的な製品を次々と世に送り出したかつてのエレクトロニクス企業の姿とは大きく異なる。エレクトロニクスに加え、映画、音楽、ゲーム、保険、銀行など多様な事業を手掛けるコングロマリットである。当然、会社の未来を大きく左右する研究開発(R&D)の役割も従来と変わっているはずだ。ソニーGにおけるR&Dの在り方や、それを指揮する最高技術責任者(CTO)の役割などについて、同社執行役 副社長 兼 CTOで、R&Dのトップを務める勝本徹氏に聞いた。(聞き手は内田 泰=日経クロステック/日経エレクトロニクス、東 将大=日経クロステック/日経エレクトロニクス)

ソニーグループ 執行役 副社長 兼 CTO、R&D担当、メディカル事業担当補佐、R&Dセンター長の勝本徹氏
ソニーグループ 執行役 副社長 兼 CTO、R&D担当、メディカル事業担当補佐、R&Dセンター長の勝本徹氏
(写真:加藤 康)
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勝本さんは2018年からR&Dセンター長を務め、20年12月には新たにCTO(最高技術責任者)に就任されました。エレクトロニクスのみならず、ゲームやエンタメ、金融事業などを手掛けるソニーGの事業戦略は従来の電機メーカーと大きく異なってきているように思いますが、CTOの役割についてどう捉えていますか。

 この10年で、大きく変化したと感じています。今の時代のCTOは、個々のビジネスの背景にある重要なもの、つまり「ビジネスコンテクスト」の意味をよく考えて、適切なテクノロジーをそこに当てていくことが非常に大事になってきました。

 例えば音楽では、有名な作曲家が作ったメロディーや、すごく上手な歌手のパフォーマンスに、どうしても注目が集まります。こうした場合、従来の商品起点の開発の癖が抜けていないと、いかに高音質を届けられるかといったテクノロジーに目が行きがちになります。

 でも実際に現場に行ってみると、全く違う分野のテクノロジーが求められたりします。音楽ビジネスでは、根本にあるのは複雑な権利関係です。ある楽曲のミュージックビデオの収益は、作曲家や編曲家、歌手、ビデオ制作者など様々な人に配分する必要があります。こうした権利処理はすごく難しく、これに関するテクノロジーが重要だと気付かされるのです。

 つまり、商品起点で考えるのではなく、それぞれのビジネスの違いや重要なことを理解していないと、現場が求めるものと、研究開発を進めるべきテクノロジーにかい離が生じてしまいます。この点が、以前のCTOと現代のCTOの違いだと考えています。

これまでソニーは商品起点の考え方で数々のヒット商品を生み出してきた一方で、業績が低迷していた苦しい時代もあったかと思います。

 そうですね。非常に業績が悪く、先がどうなるか見えなかった時代がありました。おそらく2000年代の中ごろから、2011年ぐらいまでが特にそうだったと思います。

 それよりも前の時代には、素晴らしい商品を作って、機能や性能、デザインでユーザーを魅了して大ヒットを飛ばし、世界中にお届けするというパターンで、ずっと勝ってきました。

 ですから、とにかくお客さんの話をよく聞いて、機能、性能、デザインを磨いていけばソニーのCTOとして役割を果たせた時代が長かった。その機能、性能、デザインのための研究開発が非常に盛んだったと思います。

 でも、その後は環境が変わりました。デジタル化の波が押し寄せてソフトウエアの重要度が高まり、価値の主体が商品を買うことから、体験することへ急速に変化していきました。

 その流れの中で、ソニーはなかなか変われなかった。やはりヒット商品の大量生産と大量販売のやり方で成功し過ぎたため、商品を起点に発想する癖がなかなか抜けませんでした。どれだけヒットを飛ばすか、大量に売るかで会社全体が成り立っていて、組織もCTOもその考え方から転換できていませんでした。

 せっかく音楽会社も映画会社も持っていて、さらに生命保険も銀行もあって、多様なポートフォリオを2000年当時に完成していたはずなのに、全然そちらに頭が切り替わらなくて、10年ぐらいは必死にもがいていたと思います。

 やっと変われたのは、平井一夫(現シニアアドバイザー)が社長に就任してからです。戦略をデジタルコンテンツ中心に方針転換したことで劇的に変わり始め、サブスクリプションを含めて、継続収益を得ることを目的としたリカーリングのビジネスモデルを実践できるようになりました。

 リカーリングやサブスクリプションになると、年の始めの段階で、その年のビジネスがある程度見えてきます。商品主体の場合は次の年に何台が売れるか、ヒットするかしないかに影響されて、予測できない部分があるのとは大きく異なります。

 平井が言っていたことは、当時は全然分からなかったのですが、今になってみると非常に安定感のあるものだと理解できます。この10年で、ちょっと立ち止まって考えることができるような事業構造に、徐々に変わってこれたのだと思います。

 実は5~6年前までは映画や音楽、ゲーム、金融などの分野は、あまりR&D活動とリンクしていませんでした。しかし、平井が言うようにすべての商売の元がデジタルデータに変わったということに気づいてからは、デジタルデータからR&Dを考え直し、CTOとしての今に至っています。