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 今、培養肉があつい。牛や豚といった細胞から“製造”する培養肉に、日本国内の大手食品メーカーや製造業各社が参入してきている。

 培養肉は、環境負荷削減に加えて量や味を自在に制御できる可能性を秘める。まず、家畜を生かしたまま細胞を採取し、培養できる。家畜を増やさずに済むため、結果的に必要とされる水や土地、げっぷなどによるメタンガスなどが減らせる。さらに、感染症やサプライチェーン分断などの外部環境リスクに左右されにくいため、食肉の安定供給が可能になるというわけだ。

 東京大学 大学院 情報理工学系研究科 教授の竹内昌治氏は2022年3月末、培養肉を日本国内の研究機関で初めて試食した。同氏は、生体の動作機構をロボットと組み合わせるバイオハイブリッドロボットなどを手がける工学研究者である。機械工学の視点からみた培養肉の今後の可能性を聞いた。(聞き手は久保田龍之介、久米秀尚)

東京大学 大学院 情報理工学系研究科 教授の竹内昌治氏
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東京大学 大学院 情報理工学系研究科 教授の竹内昌治氏
(写真:加藤 康)

培養肉はここ数年で、国内の大手食品メーカーや製造業の企業などが参入してきています。なぜこのように盛り上がっているのでしょうか。

 欧州の若者を中心とした環境運動(ムーブメント)の流れが、日本でも起き出しているということなのだと思います。(培養肉は)家畜から出る温暖化ガスや、必要な水や土地の規模のような環境問題を解消できる可能性があります。「食肉は家畜として育てるのではなく、作れる」という話に魅力を感じる若者が集まって一大ムーブメントになっています。

 培養肉はフードテックの代表格的にも取り上げられていて、その中で投資が集まっているという状況です。

竹内先生は機械工学が専門です。一見関係なさそうな培養肉を研究テーマにしたきっかけや理由を教えてください。

 2008年ごろに細胞培養を使って3次元組織を作る研究をしていました。その技術の応用先として培養肉があったというわけです。実際に培養肉のプロジェクトを始めたのは2017年ごろからです。

 2010年、科学技術振興機構(JST)の「ERATO(戦略的創造研究推進事業・総括実施型研究)」に細胞を使ったものづくりを提案したところ採択していただきました。ただ、当初は審査員からも培養肉はやらなくてもいいのではという雰囲気がありました。

 そのプロジェクトで求められていたのは、人工臓器をつくるような再生医療とか創薬といった分野です。ただ、僕としては培養肉やロボットにも研究成果を応用すべきだと考えていました。ロボットというのは例えば、3次元で細胞の形態が作れるなら、犬の鼻を再現できます。超高感度のセンサーとして応用できるというわけです。

 培養肉で同じ考えを持っていたのが、2013年に初めて「培養肉バーガー」をつくって話題を呼んだオランダのマーク・ポストさんです。翌年の2014年に開催した、細胞の3次元組織研究が主題のシンポジウム「JST ERATO International Symposium on 3D Tissue Fabrication」に彼を呼びました。そこで、応用先には再生医療だけでなく培養肉もあるよねという話で盛り上がりました。

そこから研究を続け、2022年3月に竹内先生は日本国内で初めて公に培養肉を食べました。

 平たく言うと、国内の研究機関では初めて食べました。試食したのは、共同研究している日清食品ホールディングス(HD)と開発する培養肉です。試食自体は当初からずっとしたかったのですが、2022年3月にやっと食べられました。

実際に製造したシート状の培養肉
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実際に製造したシート状の培養肉
(写真:加藤 康)

 培養肉の研究開発をしていると「それで、おいしいんですか」という質問が必ず来ます。これまでは「まだ食べていません」という答えをずっとしてきたので、いち早く食べたかったのです。