日本の研究者は優秀だが、ハングリーさ、良い意味での「バカ」が足りないというのが持論。企業研究所はシーズから出発して1つのことを掘り下げるより、社会的なニーズ、課題解決を研究の出発点にすべきと話す。基礎研究は年寄りの仕事とも断じる。米ミシガン大学教授と豊田中央研究所(豊田中研)の2足のわらじを貫き通し、豊田中央研究所代表取締役所長を務める菊池 昇氏に聞いた。(聞き手は木崎健太郎、中山 力=日経クロステック)
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研究は実現のための手段、すなわちイネーブラー(Enabler)だというのが私の考えです。研究者のシーズではなく社会にニーズがあり、解決しなければいけない課題があって、あるいは会社の事業ビジョンがあって、それを研究開発の出発点にする。シーズから出発する「研究開発のリニアモデル」には以前から大反対でした。
豊田中央研究所(以下豊田中研)に呼ばれる前、米ミシガン大学での研究テーマの1つに有限要素法解析の自動要素分割がありました。これは要素分割なんて自分ではやりたくない、CADのモデルがあったら自動的に解析計算ができるようにしたい、というニーズから取り組んだ研究です。小さいとはいえビジョンを持っていました。単に有限要素法に詳しくてもしょうがない、と当時から思っていました。有限要素法をベースに何かを考えるんじゃなくて、実現しなければいけないこと(機械や自然現象で起こっていることをコンピューターですぐに解明する)があって、その当時は有限要素法が便利だったから使っただけの話です。
米国が常にイノベーティブな姿勢を失わない理由
もう1つ、研究者は新しく出てきた課題や技術、エマージング(Emerging、新しく生まれた)なことや技術に飛びつくべきだと考えています。これも国内の多くの研究者が受け入れてくれない考え方です。大半の研究者は自分が今やっていることを深掘りしたいと思っているからです。
エマージングな技術が出てきたら、今まで自分がやっていた技術があっても、新しく出てきた技術に乗り換えたり、融合させたり、違った考えでその考え方を取り入れたりすべきです。当然、自分がやってることは全く変わってしまう。でも、自分1人の頭と工夫で深掘りするより、他の人がたくさん研究した成果を勉強して取り入れて発展させるほうが早いと思うのです。
豊田中研に限らず、日本国内には大変に能力のある研究者がたくさんいます。しかし、たとえそのときは無理難題だと感じても実現へ向かうイネーブリングと、新しい技術のエマージング、2つの「E」が総じて足りないと思っています。
米国が常にイノベーティブな姿勢を失わない理由は、「何かをイネーブリングしたいという社会的な認識」が米国人の基本的な考え方にあるからだと思います。しかもそのためにエマージングな手法を積極的に使っていこうとする文化がある。
良い例が米Apple(アップル)の創業者である故スティーブ・ジョブズ氏。彼の有名なスピーチに「ハングリーであれ」という一節があります*。これはイネーブラーとしてハングリーであれという意味だと私は理解しています。「この問題を解決するぞ、これは実現するぞ」というハングリー精神は、山ほどあってもいいはずです。