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 製造業にもデジタルトランスフォーメーション(DX)の波がいよいよ本格化してきた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下新型コロナ)の流行拡大によって、政府や国内企業のデジタル化の遅れや弊害が認識され、DX導入への追い風になっている。人員やリソースに余裕のある大手企業はともかく、町工場など中小の製造業ではどう対処すればよいのだろうか。日立グループの中でも中小製造業向けのシステム提供などを得意とする日立システムズ。その代表取締役にこの4月に就任した柴原節男氏に話を聞いた。(聞き手は日経ものづくり編集長 山田剛良、副編集長 吉田勝、構成・執筆は小林由美=製造系ライター)

 日本の製造業は中小企業が約8割を占めるボリュームゾーンであり、日本の産業を支えています。日立システムズはこの中小製造業に貢献すべく、ビジネスに取り組んでいます。

柴原節男(しばはら・せつお)
柴原節男(しばはら・せつお)
1982年3月京都大学理学部卒、同年4月日立製作所入社。2003年4月情報・通信グループ公共システム事業部公共ソリューション本部長、2014年4月情報・通信システムグループ 情報・通信システム社執行役員 システムサービス部門COO(最高執行責任者)、2016年4月日立製作所執行役常務 ICT事業統括本部CTrO(最高トランスフォーメーション責任者)兼日立ソリューションズ代表取締役 取締役社長、2018年日立製作所同社執行役専務サービスプラットフォームビジネスユニットCEO(最高経営責任者)兼システムサービスビジネス統括本部CTrO兼日立ヴァンタラ社取締役会長、2020年4月日立システムズ代表取締役 取締役社長(現職)。三重県志摩市出身、1958年2月生まれ(62歳)(写真:加藤 康)
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 中小製造業の主要な仕事は「現場仕事」です。生産現場で現物を切削し、溶接し、組み立て、品質を検査する。PC上でデータを処理するだけでは終わりません。こうした事情もあってか、中小製造業から在宅勤務などテレワーク対応関連の相談はあまりありません。現場仕事という事情だけでなく、導入コストがネックとなってITがなかなか浸透しないという状況があります。特に導入時のイニシャルコストが大きいDXはあまり進んでいないのが実情です。

 ITを導入・活用するための人材育成も問題となっています。当社では、中小製造業のIT導入を「安く、早く実現できる」方法を模索してきました。また保守業務を手掛けてきた経験を生かし、製造業におけるロボットを活用した自動化を、SI側からの支援できるか否かも検討しています。

 本来、ERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画、統合基幹業務システム)なども導入し、上流の会計処理から一気通貫で業務を自動化できるのが理想かもしれません。しかしそのような仕組みの導入は、中小製造業1社にとっては規模やコストが重すぎます。そこでRPA(Robotic Process Automation)やクラウドサービスなど安価にスモールスタートできる仕組みを活用し、IT化や自動化を少しずつ進めることになります。当社では、中小製造業向け基幹業務パッケージ「FutureStage 製造業向け生産管理システム」と、RPAテクノロジーズによるRPAシステム「BizRobo! mini」を連携できる仕組みを提供して支援しています。

中小製造業こそセキュリティー対策が必須

 今後、ますます重要度が増すサイバーセキュリティー対策でも、一般に中小製造業は遅れています。

(写真:加藤 康)
(写真:加藤 康)
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 RPAやクラウドサービスを提供する中小製造業向けの商談の中で、サイバーセキュリティー対策の引き合いも増えています。以前に比べると製造業の現場でもネットワークにつながる機器が増えてきているからです。それらの機器からマルウエアが侵入し、社内外に広がってしまう問題も発生しています。

 実は当社の親会社である日立製作所も2017年に、PC内のデータを暗号化して開けないようにするマルウエアの「WannaCry」による被害を受けました。その経験を今日のネットワーク・セキュリティー・サービスに生かしています。こうしたセキュリティー対策への取り組みは、大企業だけではなく中小製造業でも必須です。その一方で、先ほど申し上げたとおり、中小企業では資金や人員の問題があってIT導入がなかなか進みにくい状況があります。

 そこで当社は2019 年10月から名古屋商工会議所とNTT西日本と共に、中小製造業のIT活用支援に向けて連携する「名古屋中小企業IT化推進コンソーシアム」を運営しています。中小企業が経営課題を把握するための支援や、IT企業間の情報共有やサービス連携などを行える環境整備が目的です。

 その取り組みの中では、特にサイバーセキュリティー関連の支援に力を入れています。この取り組みは、経済産業省と IPA (情報処理推進機構)が2019年度から取り組んでいる「サイバーセキュリティお助け隊事業」*1にも採択されました。当社は、このような自治体や商工会議所との連携で中小製造業の課題にアプローチし、支援を徐々に広げていこうと考えています。

*1 サイバーセキュリティお助け隊事業:経済産業省とIPAが2019年度から取り組んでいる。サイバーセキュリティーに関するトラブルの発生時に相談できる窓口や、サイバー攻撃に遭った際の事後対応を支援するサービスを提供する体制構築を目指す。

 これ以外にもセキュリティー企業のソフォスと組んで「サイバーセキュリティ・スターターパック」という、中小企業向けのセキュリティー対策ソリューションも提供しています。日立システムがUTM (Unified Threat Management:統合脅威管理)機器の各種設定をあらかじめ実施して、短期間で簡単に低コストによるセキュリティー対策が可能になっています。

 日立グループはEDI(Electronic Data Interchange:電子データ交換)のクラウドサービス「TWX-21」に20年ほど取り組みました。現在約6万社が採用していますが、日本全体の企業数からすればほんの一部であり、大半が大手企業です。中小製造業にとって、セキュリティー対策は今もって「遠い」もので、やはり「近く」にある機械に投資したくなるものなのです。そのあたりの流れはなかなか変わらない。

 そもそも「IT化が遅れている」事態に対する危機感を認識していない企業も見受けられます。その認識の低さから、セキュリティー対策を含むIT関連のシステムや設備などに多額のコストを投じるモチベーションが上がりません。セキュリティー対策などに対しては、政府が補助金を準備するなどすれば改善されるのではないかと考えています。