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経済産業省で製造業の企業に向けた政策のかじを取るものづくり政策審議室長に7月20日付けで着任した。新型コロナウイルス感染症に未曽有の打撃を受け、先行きの不安が高まる製造業各社に、今こそDX(デジタルトランスフォーメーション)の好機と説く。現場の声を聞き、「現場が求める道標」を示したいと意気込む。(聞き手は山田剛良、高市清治)

写真:加藤康
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 2020年5月に経済産業省と厚生労働省、文部科学省と共同で公表した「2020年版 ものづくり白書」では、「ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)」というキーワードを強く打ち出しました。一言で言うと、予期せぬ危機的な事象に対して柔軟に、速やかに対応できる力です。危機対応力と言い換えてもよいでしょう。ものづくり白書では「環境変化に対応するために、組織内外の経営資源を再結合・再構成する経営者や組織の能力」と定義しています。

不確実性が高まり企業変革力が重要に

 昨今、世界の政治や経済で不確実性が高まっています。「予想もできないこと」が現実に起こってしまう。ブリグジット(英国の欧州連合離脱)などもそうですが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下新型コロナ)の拡大はその最たる例です。中国・武漢市で発生した新型の感染症が世界中にまん延し、人の流れもモノの流れも停滞して、ビジネスの在り方まで問い直される事態になるなんて、誰が予想できたでしょうか。

 製造業各社もサプライチェーンやエンジニアリングチェーンの見直しなど余儀なくされました。しかしこれからの経営では、「想定していなかった」「予期できなかった」といった言い訳は通用しません。不確実性の高い時代ではこうした急峻(きゅうしゅん)な事態の変化にも即座に対応できなくてはならないからです。

 野球の打者に例えると、「ストレートが来ると思っていたらフォークボールが来たので三振してしまった」というのではダメ。胸元まで引き付けて、ストレートか変化球かを見極めて的確に打ち返す。ダイナミック・ケイパビリティとはそんな能力です()。

図 ダイナミック・ケイパビリティを野球に例えると
図 ダイナミック・ケイパビリティを野球に例えると
デジタル技術を活用し、予期せぬ変化球を確実、効率的に打ち返す「企業変革力」が今後の企業には求められる。(出所:経済産業省)
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 変化球がめったに来なかったり、来ても予想できたりした確実性の高い時代は企業経営も相対的にシンプルだったはずです。例えば、「コスト節約のために材料や部品の在庫を極力抱えないのが望ましい」という考え方が通用したかもしれません。しかし、新型コロナによるサプライチェーンの停滞という変化球を経験するとそうとばかりにはいきません。緊急時に備えてある程度の在庫を確保し、サプライチェーンを多様化しておくといった対策を打つ必要も出てきます。だからといってコスト増に甘んじるのでは勝てません。同時にさらなる効率化を図る必要も出てきます。

 危機対応力や企業体質の変革力は今後、製造業の経営で重要になっていくはずです。規模が大きくて、強いから生き残れるのではない。予期せぬ危機でも素早く適応できる企業が生き残る。環境に適応できなかった恐竜は、食物連鎖の頂点にいながら絶滅しました。同じようにサプライチェーンのトップに立っていても、ティア1でもティア2でも関係なく、企業変革力が欠けていれば非常に厳しい状況に置かれる時代になると、今回の白書で訴えました。

 今回のものづくり白書は従来に比べて主張が明確になっています。これは白書の編さんをリードした前任者(現・経産大臣官房グローバル産業担当参事官の中野剛志氏)の思いがあります。日本の製造企業が何に取り組むべきなのか。主張をギュッとまとめてコンパクトにしたのが今回の白書の特徴です。例年約200ページあった経産省の担当分を今年度は120ページに抑えました。白書全体も昨年度版の329ページから287ページに減っています。