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 NTTグループで地域通信事業を担うNTT東日本が構造改革を急いでいる。「フレッツ光」をはじめとした回線サービスへの依存体質から脱却を図り、非回線収入の比率を2025年度までに50%以上とする計画だ。これまで力を入れてきた地域の課題解決だけでなく、今後はデジタル化を切り口に地域の新たな価値を創造する「価値創造型のソーシャルイノベーションビジネス」を伸ばしていきたいと意気込む。2022年6月にNTT持ち株会社副社長からNTT東日本社長に転じた渋谷直樹氏に今後の成長戦略を聞いた。(聞き手は榊原 康、高槻 芳=日経クロステック/日経コンピュータ)

NTT東日本の渋谷直樹社長
NTT東日本の渋谷直樹社長
(写真:加藤 康)
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非回線収入の比率を高めるために注力する領域、期待する領域はどこか。

 取り組みの方向としては大きく3つある。1つ目は、以前から「高付加価値商材」として取り組んできた領域である。「ギガらく5G」や「おまかせサイバーみまもり」などのマネージドサービスが代表例だ。最近はリモートワークでビデオ会議などの利用が増え、社内だけでなくインターネットブレークアウトも混み始めている。トラフィックを細かく制御・管理したいとの需要が多く、これらの機能に対応したWANサービスである「Managed SD-WAN」も結構売れている。

 2つ目は地域のSI(システムインテグレーション)案件である。新型コロナウイルス禍で需要が高かったのは、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)関連の案件だ。公共系や教育系、医療系などで引き合いが強い。高付加価値商材と地域のSI案件だけで、(非回線収入の比率を高める目標は)結構いけると考えている。

 そして、3つ目が地域の未来を支えるソーシャルイノベーションだ。私が最も力を入れたいと考えている領域である。地域それぞれの文化や産業にデジタルで光を当てて新しい価値をつくり出していきたい。文化遺産や伝統技術のデジタルアーカイブ、農産物の高品質化や流通改革など、いろいろな切り口がある。

ここ数年、農業やeスポーツなどで様々な子会社を設立している。今後も同じように別会社として切り出していくのか。

 光回線が卸販売中心に切り替わり、新たな取り組みを始める機運が高まった。とはいえ本体(NTT東日本)では片手間になりかねないので、子会社として出島のようにつくろうとなった。互いに競争するように農業(NTTアグリテクノロジー)やクラウド(ネクストモード)、アート(NTT ArtTechnology)、ドローン(NTT e-Drone Technology)などと、子会社が増えていった経緯がある。

 一方、NTT東日本グループ全体を見渡すと、本体だけが強くて連結経営が弱い面があった。そこで各本部長には、子会社や関連会社を含めて企業群を伸ばすことをミッションとして課した。具体的には、外注していたものをグループで内製化したり、新会社のソリューションをグループで積極的に活用したりしていくことを考えている。グループ会社も含めて経営を見る体制にしていこうということで、早速動いてもらっている。

NTT東日本が2019年以降に設立した新会社
設立時期社名概要
2019年7月NTTアグリテクノロジーIoT(インターネット・オブ・シングズ)やAI(人工知能)などを活用した次世代施設園芸関連ソリューションの提供、次世代施設園芸による自社圃場の運営など
2020年1月NTTe-Sportseスポーツに関するイベントの企画や受託、施設の企画や運営、ICTソリューションの提供など
7月ビオストックバイオガス関連施設の提供、畜産・酪農関連ICTソリューションの提供など
ネクストモードAmazon Web Servicesや各種SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)などのクラウドサービスに関する設計や構築、運用、監視
12月NTT e-Drone Technologyドローンの開発製造、運用代行、人材育成など
NTT ArtTechnology文化芸術関連のデジタル化やシステム構築・保守、デジタル化したデータを活用したイベントソリューションの提供など
2021年10月NTT EDX電子教科書や教材の配信事業、教科書の電子化や流通の支援事業など
2022年1月NTT DXパートナーDX(デジタルトランスフォーメーション)のコンサルティング、実装・推進支援、システム運用、データ分析など
4月ネクストフィールド建設現場向けのICTサービスや業務改善サービス、DX支援事業など
7月NTT Risk Managerリスクマネジメントに関するコンサルティング事業や損害保険代理業、リスク対策サービス開発事業など

新会社はまだまだ増えそうか。

 案はある。例えば副業の人材マッチングだ。地域の人材不足を企業の副業ニーズとうまくマッチングできないかと考えている。「後継者がいない」「システムエンジニア(SE)の力をちょっと借りたい」といった際にリモートで人材を紹介する。逆に地方でも最先端の開発に携われるわけで、我々のアセット(資産)を活用しながらそういう環境をつくり上げていきたい。

 地域密着のシンクタンクのようなものもつくりたい。総務省の通信行政に詳しい人材は社内にたくさんいるが、国土交通省や農林水産省など他分野は弱い。地域の役に立ちたくても専門家が足りない。いろいろな専門家にアドバイザリーボードに入ってもらおうかと考えている。

 あと、チャレンジしていきたいのは農産物の流通改革だ。サイバー空間上の仮想市場で事前に取引することにより、流通コストやフードロス(食品廃棄)、温暖化ガスの削減など地球環境問題の抑制に貢献できる。出荷は産直にして、いろいろな地域の農家とたくさんのマーケットをつないでいくこともできると考えている。

2025年度までに5000人のデジタル人材を育成するとのことだが、現在の状況と具体的な計画は。

 もともとデジタル人材の育成には力を入れており、(NTT持ち株会社からNTT東日本に)戻ってきたら700人くらいになっていた。ただ社内にはネットワーク技術者が約1万人いるのに対し、700人のデジタル人材ではあまりに少ない。そこで5000人に増やそうとなった。現在はさらに1年前倒しで2024年中に実現するよう指示している。これまで各本部がばらばらに動いていたが、デジタル革新本部長が責任を持って進める体制に切り替える。

 育成したデジタル人材はこれまで、電柱の劣化診断やコールセンターの顧客対応などにAI(人工知能)を取り入れて質を高めたり、不審者を検知するAIカメラをクラウド化してコストを削減したりと、内製力を高める取り組みが中心だった。今後は自治体や企業にデジタル人材を送り込み、DX(デジタルトランスフォーメーション)やデータ駆動につながる取り組みを増やしていきたい。