リチウムイオン2次電池の開発で2019年のノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏。ただ、自身はその栄光にただ浸ろうとはせず、「未来に向けてミッションを与えられた」と語る。吉野氏が描く、第4次産業革命のビジョンとは何か。そしてそこに日本はどのように関わっていけるのか。吉野氏にその方向性を聞いた。(聞き手は加藤 雅浩、野澤 哲生)
この度のノーベル化学賞受賞、おめでとうございます。今、このタイミングでの受賞が今後の社会に対してどのようなメッセージになるとお考えでしょうか。
受賞理由は大きく2つあって、1つはリチウムイオン2次電池がモバイルIT社会の実現に貢献したという点です。継続中かもしれませんが、ほぼ過去形の成果についての評価だと思います。2つめは、未来形の話で、人類にとっての大きな課題である地球環境問題に対してリチウムイオン2次電池がこれから役立っていくであろうという期待です。その問題の解決に答えを出してほしいという激励、ミッションを与えられたということでしょう。
確かにこれまで地球環境問題は、十数年間議論ばかりで具体策がほとんど出てきていません。それがあの(スウェーデンの16歳の環境活動家の)グレタ・トゥーンベリさんの怒りにつながっています。そろそろ誰かが答えを出さなければならないという状況です。そうした中、リチウムイオン2次電池が電気自動車(EV)にも載り始め、対策の一端が少し見え始めてきたかなと考えています。これまで理想論はありましたが、実際の動きにはつながっていませんでした。
見えてきた一端とはもう少し具体的にはどのようなものでしょうか? リチウムイオン2次電池とEVで世界が大きく変わるということでしょうか。
例えば、AI(人工知能)やIoT(Internet of Things)、5G(第5世代移動通信システム)などから成るいわゆる第4次産業革命です。第3次産業革命がIT革命でした。第4次産業革命の中で大きな技術革新があって、その中にEVやリチウムイオン2次電池があります。EVやリチウムイオン2次電池だけで新しい世界を生み出すということはありません。技術革新のもっと大きなうねりの中で、EVやリチウムイオン2次電池も変わっていくわけです。今のEVのイメージで2025年以降を考えると(見通しを)間違えてしまうでしょう。
AI、IoT、5GとEVやリチウムイオン2次電池がセットになって新しい世界が生まれてきます。特にAIとIoTは地球環境問題に対して強力な武器になります。ただし、AIとIoTは地球環境問題を解決する形でないと社会に受け入れられないでしょう。「より便利になりますよ」だけでは売れないからです。産業革命にはむしろCO2の排出拡大というイメージがあり、一般の人に拒否感があります。またやるの?という感じではないでしょうか。まずはAIやIoTが地球環境問題の解決に貢献する、しかもより便利になって安くもなる。これなら誰も文句を言わないはずです。
コストもAIやIoTで安くできるのでしょうか。
コストは高くなるかもしれません。ただ、コストは作る側の論理です。コストが高くても、使う人の費用負担が安くなればよいのです。矛盾しているようですが、この矛盾を解消してくれるのが、AIやIoTです。マイカーではなく、MaaS(Mobility as a Service)なら費用負担は激減します。シェアリングは利用者全員で負担するからです。
電池のコストも問題にならなくなります。リチウムイオン2次電池は2025年時点では性能自体は現状と大幅には違わないかもしれませんが、要求される特性が変わります。シェアリングなら、より高い信頼性が問われます。耐用年数への要求も厳しくなります。その結果、たとえ価格が2~3倍に上がっても、最終的な費用負担は変わりません。
