自動車中心の道路から歩行者・自転車中心の街路への転換は、周囲の店舗にどんな影響を与えるのか。道路整備に関する古くて新しい問題に対し、“飲食店については”ポジティブな影響を与えるという世界初の論文が話題を呼んでいる。
2005年のこと。当時、スペインのバルセロナ都市生態学庁に勤務していた吉村有司氏(現在は東京大学先端科学技術研究センター特任准教授)は驚いた。
バルセロナのグラシア地区で、自動車中心の道路を歩行者・自転車中心の空間へと変更する事業が進んでいた。今でこそバルセロナは歩行者空間化の先進都市だが、当時のグラシア地区の事業はそのパイロットプロジェクトとして位置付けられていた。プランニングのため、現地を訪れた時だった。
「やめてくれないか」
当該道路に面する小売店や飲食店の店主など複数の関係者からこう言われた。よくよく理由を聞いてみると、彼らの言い分はこうだった。街路を歩行者空間にすれば、これまで自動車で店に来ていた顧客が来なくなる。そうなれば必然的に売り上げが落ちる──。
吉村氏も他の都市生態学庁のスタッフも、この発言にショックを隠せなかった。建築や都市を専門とする彼らは、歩行者空間化は街路空間の質を上げる他、歩行者の絶対数が増えることで店舗の来客も増え、結果として経済的にもプラスの影響を与えることは自明だと考えていた。
吉村氏はこう考えた。「都市計画は学問としても歴史が長い。きっと経済学的な影響を示す学術論文があるはずだ」。専門家を訪ね歩き、大学などに通って論文をあさったが、どこにもなかった。
端的に言えば、売り上げを比較するためのデータを誰も持ち合わせていないことが、証明を阻む最大の要因だった。
自動車を通行止めにすることでネガティブな影響が出るのか。はたまた歩行者が増えることでポジティブな影響となるのか。この「歩行者空間化は周囲の売り上げを上げるか」問題は、古くて新しい命題として、都市計画の関係者の頭を悩ませてきた。
飲食店にはポジティブな影響
その問題に終止符を打つ可能性がある論文(論文名=Street Pedestrianization in Urban Districts: Economic Impacts in Spanish Cities)が話題を呼んでいる。吉村氏など東京大学先端科学技術研究センターの研究者と米マサチューセッツ工科大学、スペインのビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行(BBVA)の共同研究である。
結論を先に紹介しよう。研究チームは歩行者空間への転換についての経済学的影響を分析し、レストランやカフェなどの飲食店については「売り上げにポジティブな影響を与える」とした。「特定の街路だけを取り上げた特殊解は示されてきたが、複数都市を対象としてデータを用いて周辺環境への影響を定量的に分析した論文はなかった。世界初の検証結果だ」と吉村氏は話す。論文は21年10月に都市計画分野の国際雑誌「Cities」に掲載された。